こんなはずじゃ

 「なぁ、さっきの技!!もう1回やってくれよ!!」


 アンネは八重歯を見せて楽しそうに笑っているジルをよそに、つかつかとベットへ向かっていき、背を向けてごろんと寝転がった。フリフリのスカートのすそがばさっと大きく揺れる。


 「いやよ。ジルって、戦うことしか頭にないのね。あたしはジルと戦いたいんじゃないの。魔法は学園でちゃんとお勉強してくるからもういい。」


 「なんでだよ!!そんなすげぇ才能を生かさないなんて宝の持ち腐れだぞ!??」


 「やっぱりジルなんて王子様じゃないわ。お子様よ、お子様!!」

 冷たく言い放つアンネの言葉に、ジルは眉間にしわを寄せる。

 「はぁ!?せっかく人が褒めてやってんのに、なんだよその態度は…」


 「だってジル、女の子の気持ち全然わかってないんだもん。そんなの王子様じゃないわ。どうせまだ、女の子とチューしたこともないんでしょ?」

 「いや…あるし…」

 「はぁ!???なんであるのよっ!!??」

 アンネは怒り始める。


 「なんなんだよ…なぁ、そんなことより早く外で練習しようぜ??」

 「そんなことって何よ!!もう魔法の時間は終わりっていったでしょ?今日はもうやらない。」

 「ちぇーっ。つまんねぇの。」

 「つまんないのはこっちよ。ジル、私はもっとがしたいの。抱っこしてちょうだい?」

 「抱っこしたら、また魔術の練習付き合ってくれるか??」





 「……………」



 アンネは【姫】とは程遠い、恐ろしい顔でジルを見る。






 「………あ……………あはは……」

 





 「………ごめん……ちょっと、ワクワクしすぎちゃって…………でもおれ、アンネをすごい魔術師に育てたくて仕方ないんだ…」


 ジルは苦笑いして窓を開け、気持ちを落ち着かせた。

 才能が伸びるかもしれないと思う相手なんて、もはやジルの周囲にはいなかった。メドゥーは良きライバルであったが、互いの得手不得手もすべて知り尽くしている。



 光のヒトでも、影のヒトと同じ魔術が使えるのか…?

 …だったら、もしかして影のヒトも、光のヒトの魔法が使えるのか…?



 ジルはアンネの底知れぬ実力への好奇心とともに、自分の未知なる可能性を感じた。

 

 アンネは退屈そうにベットで頬杖ほおづえをついている。

 「ねぇ、まだ戦いの事考えてるの?私、つまんない。」

 「え?あぁ…ごめん…」

 「ジル、こっちにきて?」


 アンネは布団にもぐると、ジルが入れるように1人分奥へ移動し、中から手招きした。

 



 「…ジル?」



 ジルが恐る恐る布団に入ると、アンネはジルの胸元に頭をぴったりと寄せ、その手をとった。愛おしそうに眺めながら、指先から腕まで、その体温をいつくしむようにゆっくりと優しく触れていく。




 「ジル、戦うことばっかりじゃなくて、私の事も考えてよ…」


 「あ…あぁ…ごめん…」


 「ぎゅってして…」

 



 これ以上ない至近距離で、アンネは目をつむり、影世界シャドーからきた自分に心を許している。



 ジルはその顔に近づこうとするが、なぜか体が動かない。時がとてつもなく長く感じ、背中に冷や汗が流れる。




  ―…カゲのヒトがヒカリのヒトに触れるなんて、夢のまた夢の世界だ…―


  ―…キタナイ。イヤラシイ。ミニクイ。イヤシイ…―




 植え付けられてきた『偏見』という見えない視線がジルの身体を縛り付ける。

 


 どうして…




  どうして…



 いつものように少女に甘い言葉をかけ、その手を伸ばして抱きしめることすらできない。



 「ジル、どうしたの…?」

 アンネはジルの頬をそっと手で包んだ。

 



 「怖いの…?」




 





 違う…


  違う…


   そんなんじゃない……


 




 屈辱くつじょくに耐えきれず、ジルは勢いよく起き上がって窓辺へ向かった。




 「………俺たちは戦で生き、戦で死ぬ民族だ。光の聖域でのんびり暮らすなんて、俺はまっぴらごめんだ。」




 「私はジルと戦うのはいやだし、ジルが傷つくのも見たくないわ。戦いなんて野蛮やばんなことはやめて、光の聖域で一緒に暮らしましょう?」



 「……そんなこと……できるもんか。」


 


 一瞬でも、光の聖域で暮らしたいと思った自分がいた。だがそんな夢は最初から敵わないってことくらいわかっている。


 アンネが自分を想ってくれる気持ちは嬉しい。

 でもアンネには光の聖域を覚悟はなく、影の空間につもりもない。


 

 小高い丘の高い窓から見える、綺麗な緑の芝の向こうの遠い遠い影の空間。いつもと同じ、石と岩ばかりの変わらぬ故郷けしきがそこにある。ジルは熱くなった目頭から涙がこぼれない様に、ぐっと上を向いた。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る