あまのじゃく

 「……おい…大丈夫か??」

 「何が??」

 「見つかったらやばいんじゃないか?」

 「大丈夫よ、私のお部屋、広間から離れているから…」


 「ちょっと待って、光の聖域こっちで使えるかわかんねぇけど…気配消してみっから…」


 ジルは首に下げていたゴツゴツしたネックレスを天にかざす。ジルの頭上から灰色がかったかすみが降りてきて、その姿が限りなく透明に近づいた。


 「うーん…いまいち効果が薄いな…光の影響だろうな…」

 「ジル!!あなたこんなすごい魔法が使えるの!?」

 「魔法…?…あぁ、”魔術”のことな。光の聖域こっちではみんな”魔法”っていうんだってな。でも、ここじゃ全然だめだ。消えきれねぇ。」

 「ねぇ、すごいわ!私にもその魔法かけて!!」

 「無理だよ。光の聖域で魔術を使うのは影世界シャドーよりずっと体力を消費する。第一、光の聖域こっちで強い影の力が感知されたら、オレ達は消されてしまうらしいから。」

 「消される…???どういうこと??」

 「知らねぇよ。オレだって今日はじめて光の空間こっちにきたんだ。ただ、オレのオヤジみてーなヤツから色々怖い噂聞いてっからさ。」

 「………」

 アンネは不安そうにジルを見つめてから目線を下に落とした。


 物見櫓ものみやぐらの兵士は昼寝でもしているのだろうか、反対方向を向いてピクリとも動かない。アンネは高い城壁じょうへきと生い茂った草むらの間に隠れた小さな扉にジルを案内した。少しかがんでアンネがその扉をくぐり、ジルもそのあとを追った。狭く暗い廊下をしばらく歩くと、松明たいまつの明かりがみえて、螺旋状らせんじょうに上へと続く階段が現れた。


 「私の部屋はこの上よ。」

 「…随分と大変な場所に部屋があるんだな。」

 ジルが不思議そうに尋ねる。

 「本当はもっとすぐに着くんだけど…」

 アンネは何か続きを言おうとしたが、そのまま口をつぐんだ。


 目の回るような階段をしばらく昇っていくとアンネの部屋が見えてきた。ドアにハートマークの木のプレートが貼ってある。

 「ようこそ、私のお友達。」

 アンネが部屋の扉を開けると、柑橘類の匂いと甘いパンの香りがあたりに広がった。温かい部屋の中は木の温もりを感じられる茶色で統一されており、色とりどりのぬいぐるみや人形がたくさん並べられている。

 

 アンネは雨で重たくなったジルのマントを脱がせると椅子の背もたれに掛け、真っ白なふかふかのタオルを棚から取り出してジルの頭の上に乗せた。

 「え~い!!」

 「うわっ!!」

 アンネは楽しそうにジルの濡れた頭をぐしゃぐしゃと拭く。ジルは息が止まりそうな大きなタオル攻撃の隙間からなんとか顔を覗かせた。

 「…ぷはっ!!すっげぇ!!!」

 家も外も殺風景な影世界シャドーとの差にジルは目を丸くした。枕の代わりに穴の開いたタオルをぐしゃぐしゃに丸めて使い、ぺたんこになった毛布で地面の石の硬さを感じながら寝ていたジルにとっては夢のような空間だった。

 「これ、食べていい!???」

 ジルはテーブルに乗っていたブレッドケースからクロワッサンを取り出し、答えを聞く前に食べ始めた。大きく口を開け、ハムスターのように両方の頬にパンを頬張ると、もふもふと幸せそうにその味をかみしめる。

 「うまい!!!」

 「うふふ、それは良かったわ。でもジル、ちょっとお行儀が悪いわよ。」

 ジルはアンネの言葉も耳に入っていない様子で、パンを口に入れたまま、布団の上にダイブすると楽しそうにピョンピョンと飛び跳ねている。

 「すっげぇ!!!ふっかふか!!!」

 目をキラキラさせて楽しんでいるジルを見て、アンネはたまらずに吹き出した。


 「ぷっ…ねぇジル、あなたってなんて面白いの!?とっても可愛い!」


 「は!?…か…可愛いだとっ!!??」

 ジルは眉間にしわを寄せるとベットから降り、アンネに背を向けて椅子に座って窓の外を眺めた。アンネはすかさずジルに近寄ると、いまだパンの入ったその頬に両手で後ろから触れた。


 「ねぇジル、さっきのピョンピョンするやつ、もう一度やってちょうだい。」

 「やだっ!」

 アンネはしゃがみ込んでジルを見ると、服の裾を引っ張った。

 「どうしてよ。お願い。もう1回見たいの。」

 「い・や・だっ!!!」

 ジルは腕を組んだままそっぽを向いた。




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