対立

 夕暮れが近づいてきた。光も影も、ちぎりを結ぶ前に互いの世界に長時間滞在すると次第にその力を失っていく。光を長時間浴びて力の弱まってきたジルも半透明の魔術が解けて実体化しつつある。


 落ちていく日の光を眺めながらジルとアンネは互いの世界について語り、尋ね合った。


 「小さい時読んでもらった絵本に書いてあったの。昔は光と影は仲良しだったんだって。」


 「そうだな。だが当時の”光の王国”が俺たち”影の王国”を邪悪な存在だと見做みなして攻め入ったって古代の壁画に描かれていた。」


 「逆よ。影の王国が光の王国に攻めてきたから、光の王国は仕方なく戦うしかなかったってお父様が言っていたわ。」


 「逆だ。光の王国が影の王国を滅ぼしたって古文書こもんじょにも書いてあった。」


 「いいえ、影の王国だって学園で習ったわ。」


 ジルは呆れて顔を上げると苦い顔をした。

 「…へっ。本当のことなんてもう誰にもわからねぇ。なんせ何百年も昔の話だからな。もしかすると、同時に攻め込んでお互いに相手の国のせいにしあっていたのかもしれねぇしな。」


 「そうね。でも私は今ジルと話していて、影のヒトがみんなが言うほど恐ろしい人たちばかりじゃないってちゃんとわかったわ。」


 「オレは同居人のおっちゃんが光のヒトだからな。あいつはオレやオレのおばちゃんのこともちゃんと大切にしてくれる。いいやつだ。だから光の聖域も嫌な奴ばかりじゃないって思ってるよ。アンネもそうだ。オレを見て逃げたりしないだろ。だいたいよ、影の空間にだっていいやつも悪い奴もいる。光の聖域こっちだってそうじゃないのか?」


 「そうね。みんな表面上は平和ないい人に見えるけれど、影のヒトに対しては多くの人が悪い言葉を口にするわ。お父様もお母様も、……私のお友達も。私はそれがとても嫌なの。」


 「”影のやつらは悪者”だって「教育」でり込まれているんだもんな。しょうがねぇよ。いろんなことを我慢して笑顔を作っているから、共通の敵を作って憎しみをぶつけでもしないと生きていけないんだろう。」


 「そんなのおかしいわ。ジルは腹が立ったりしないの?」


 「するさ。でも影世界シャドーでは普段からみんな汚い言葉を吐いて、争い合っている。共通の敵なんて不要。勝つか負けるか、弱肉強食の世界だ。影世界シャドーで生きていくためには、強くならなければならない。誰よりもな。」


 「私には想像もつかない世界だわ。でも、じゃあ、ジルも普段は誰かと戦ったり争ったりしているの?………そっか、そうよね、傷だらけだったものね。」


 「まぁな。」


 「……今、ジルは私と戦いたいと思っているの?…私と戦いに来たの?」


 「まさか。オレは力のレベルの違うヤツとは戦わない主義だ。フェアじゃないからな。」


 「じゃあ、ジルはどうしてここへ来たの?」


 「へっ!?」


 「光の聖域には強い力なんてないわ。」


 「…え?いや、そりゃ…だって…16歳になったから…」

 目を泳がせているジルを見て、アンネはいたずらな笑みを浮かべた。


 「あ~っ!!わかった~!!さてはジルもお嫁さんを見つけに来たのね!?はじめてこっちにきたって言ってたものね。どこに行く途中だったの??誰か好きな人とかいるの??」


 「う…うるせぇな…ちげぇよ!!こっちの世界がどんなもんか見に来ただけだよ!もう夕方だし、帰るわ!!」

 ジルはマントを椅子からさっと引っ張ってベットから立ち上がった。


 アンネはベットに座ったままジルの手を引いた。

 「ジル…今日はいっぱいお話しできてとっても楽しかった。明日もまた遊びに来てくれる?」

 幸せそうにジルを見上げる可愛い笑顔。


 「さ…さぁな。気が向いたら来てやるよ。」

 「嬉しい、待ってる。」


 オレンジ色の夕日の中、ジルは振り返らずに”境界線”まで走った。




 



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