第2章 振り回されて

メドゥ―VSジル

 ジルが光と影の境界線を抜けて影の空間へ戻ると、退屈そうに岩の上に腰かけていたメドゥーが怒った顔をしながら駆け寄ってきた。


 「ジル!遅かったじゃない。待ちくたびれたわよ。」

 あたりはすっかり暗くなっている。


 「おぉ、メドゥー、こんなとこで何やってんだ?オレ様がいなくて寂しかったか?ん?」

 ジルは意地悪な笑みを浮かべる。


 「べ…別にっ…これっぽっちも寂しくなんかなかったわよ…」

 メドゥーはプイと目を逸らした。


 



 「……なーんて、テンプレみたいなセリフをあたしが吐くとでも思った?」

 メドゥーはニヤリと笑うと突然ジルに抱きつき、グイグイと胸を押し当て、背中に長い爪をたてながらジルに頬擦ほおずりした。


 「あぁ、ジル…大好きよ…あたし、寂しかった…ジルが光のに盗られてしまったらどうしようって、気が気じゃなくって…」

 メドゥーは上目遣いではかなげに目をうるうるさせている。


 動揺したジルが一瞬、瞳孔を開いた。

 「…隙ありっ!!」 

 メドゥーがジルの胸に手を当てると、ジルの中にドクンと何か生暖かい"気"が入り込んだ。

 「……!?…おい、メドゥー…今絶対オレになんかしただろ?…」

 「うふふ…油断したわね?帰ってからのお楽しみよ。」

 ジルはかかった魔術を振り払おうと自身の炎の色を何度も変えて躍起やっきになっている。

 「くくく…ジルってば、頑張っちゃって。」

 「くそっ…なんか変な術かけたんだろ…強力だし、正体がわかんねぇ…。」

 メドゥーはジルのセリフを無視して続ける。

 「光の聖域はどうだった?」

 「ま…まあまあだよ。別になにも…」

 「ふーん…」

 メドゥーは死んだような目つきでジルを見据みすえた。

 「あたしのほうも、微妙ね。ああ、イケメンはたくさんいたわよ。そういえば、す~っごくタイプの男もいたわ。かっこよかったぁ~。光の聖域の男は誘惑に弱いから、影世界こっちに堕とす事なんてあたしには容易たやすいことよ。」

  

 「じゃあいいじゃねぇか。選びたい放題だろ。何が物足りないんだよ。」

 メドゥーは平然としているジルをにらみつけるとチッと舌打ちした。


 「力よ。力。圧倒的なまでの破壊的なパワーを見たいの。あたしを倒せる強い男に身も心もすべてゆだねたいのよ。」




 「…ねぇジル、勝負しましょ。もしあたしが勝ったらなんでも望みを叶えてちょうだい。」


 「勝負だぁ?いいだろう、望むところだ。俺様に勝とうだなんて100年早いぜ。」


 ジルはふっと笑うと、顔つきを戦闘モードに切り替えて腰を落とした。指を組んでポキポキとならすと、頭上に巨大な紫の炎をまとった。


 「その顔、久々に見たわ。本気ね。嬉しいわ。」

 メドゥーもニヤリと笑うと目つきを豹変ひょうへんさせ、赤紫の炎をまとった。


 空が急に暗黒に染まり、遠くで雷鳴が聞こえる。


 「そりゃな。最近影世界シャドーも弱体化してて退屈だからな。本気でやり合える相手なんてメドゥーくらいだ。」


 ジルが地面に手を向けて気を放つと、その衝撃波で周囲の小石が飛び散った。鬱蒼うっそうとした遠くの影の森シャドー・フォレストが、強風にあおられかたむきながらその青白い枝葉をガサガサと激しく揺らす。


 ジルは左手を空にかかげると、”気”を引き寄せた。どこからともなく大小さまざまなの塊が飛んできてジルの周りに集まり、手のひらの上の竜巻に巻き込まれて巨大になっていく。


 「いいじゃない…ゾクゾクするわ…」

 メドゥーは両手の間に作ったドロドロした赤黒い塊を左右に引き伸ばす。手から振り払われたその塊は分裂してメドゥーのまわりにえがくように浮いた。


 「Love・Ring…❤︎」

 メドゥーが投げキッスをすると、周囲に浮遊していた塊がジルめがけて一斉に放たれた。


 ジルは素早く右手で結界を貼ったが粘着質の塊は弾かれずに結界ににまとわりつき、中へと侵入し始める。


 「くそっ、面倒な魅了技ばかり使いやがって」


 「魔術だけの女だと思わないでよね」

 「…はっ!」


 塊に翻弄ほんろうされている間にメドゥーはジルの背後に回っていた。メドゥーはとげむちをしなやかに宙で回すと、素早く振り下ろしてジルの全身を縛り上げた。


 「うふふ…”愛のムチ”よ。あたしのものになあ〜れ❤︎」

 メドゥーは徐々に鞭の威力を上げていく。ジルの服が次第に破け、うっすらと血が滲み出る。


 「くっそ…なめんなよ…」

 ジルは歯を食いしばり、髪の毛を逆立てて強大な気を放った。地面が振動し、足元の石がブルブルと揺れながら浮かんでいる。絡まっていたむちは一瞬ではち切れ、その波動でメドゥーは遠くまで弾け飛んだ。


 「あんっ!!」


 衝撃で砂利の上を引きずられ、露出度の高いメドゥーの肌は擦り傷だらけになった。震えながら立ち上がろうとするメドゥーにジルはゆっくりと近づき、自慢げに眉とあごを上げて見下ろした。


 「どうだ。勝てまい。降参しろ。」

 「…………最高よ、ジル。しびれちゃう。一生かなわないわ…」


 頬を赤く染めたメドゥーはつやっぽい声で負けを認め、気を失ってガクリと倒れこんだ。

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