葛藤

 一通りジルの傷の手当てを終えたアンネはふぅと小さく息を吐いた。


 「もう大丈夫よ。あぁ、びっくりした。今は痛くなぁい?」


 「え…?あ…うん…」

 少女がジルに向けている態度は、まるでジルが小さい時に近所に住んでいた6つ年上のお姉ちゃんのようである。


 (あれ…もしかして、ちびっこに見られてる??)


 影世界シャドーで近所の女の子達をはべらせていたジルにとって、これは決して居心地のよい状況ではなかった。気持ちの良い膝枕ひざまくらから無理やり顔を起こそうとすると、少女はジルの顔を両手で押さえてそれを止めた。


 「ダメ。もう少し休んだ方がいいわ。」


 なんとも言えない複雑な感情がジルの中でぐるぐると渦巻いている。仕方なしに、少女を見上げたままジルは重い口を開いた。

 「………オレ、ジルってんだ。…見りゃわかると思うけど、影の空間の住人だよ。今日初めてこっちの世界にきた。おまえは?」


 少女はそれを聞くとぱあっと表情を明るくした。

 「私はアンネ。あなた、影の空間からきたのね!?私、影の空間のと一度ゆっくりお話してみたかったの。嬉しい!」


 ―嬉しい―というセリフにジルは喜びを感じないわけではなかったが、それよりもひっかかるセリフがあった。


 「じゃない…オレはもう16歳。の仲間だ。そういうおまえは、何歳なんだよ。」

 「あなたも16歳だったの!?じゃあ、私と一緒ね!ごめんなさい、年下かとおもっちゃって…」


 少女は、はにかんでぺろっと舌を出した。ジルは自分のどこが少女にとって幼く見えたのだろうかと考えて不愉快になり、膝枕から顔を上げた。

 「光の聖域ってどんなとこか見に来てみたけど、もうわかったから帰る。じゃあな。」


 「待って、ジル…私、もっとあなたと話がしてみたいわ。」


 アンネは立ち上がって去ろうとするジルの手を掴んだ。

 ジルが返事をできずに立ち尽くしていると、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。


 「ほら、雨も降ってきたし…よかったら中でお茶でもしない?」

 「……………」


 雨が次第に大粒に変わっていく。ジルは葛藤した。固めた髪は雨に濡れてぺったりと頬に張り付き、その毛先からぽたりぽたりと大粒の雫が垂れる。


 「ねぇ、ジル、風邪ひいちゃうわ。ふかふかのタオルもあるから、早くうちへいらして。」


 少女はジルに笑顔を向けると、その手をひいて城の方へ走り出した。




 

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