出会い

 影の空間から光の聖域に入っていくと、薄茶色の小石ばかりだった殺風景が、見渡す限り綺麗な緑の芝に変わっていく。影の空間あちら光の聖域こちらも同じ空が見えているはずなのに、空の青さまでまるで違って見える。ジルは毎日望遠鏡で覗いていた小高い丘の上にあるお城を目指して歩いた。


(おぉ…スティーブに聞いていた通りだ。本当に別世界だな…)


 城下町の活気づいた光景が目に入る。行きかう人々は笑顔で会話をし、物々交換を行っている。様々な食材が交じり合ったその香ばしい匂いがジルのお腹を空かせた。軒先に並べられた豚の丸焼きに目を奪われて立ち止まっていると、次第に周囲の人が遠ざかって行った。


 「あら、”影のヒト”よ…」

 「いやだわ、恐ろしい…」


 小声で光のヒトがささやいている。店の前で立ち止まっているジルを睨みつけながら、店主らしき中年の男性が声をかけてきた。

 「冷やかしはお断りだ。営業妨害だからさっさとあっちへいってくれ。”パト”を呼ぶぞ。」

 「なんだよ。売り物を見ることすら許されないのか。こっちのほうがよっぽど酷い世界だな。」


 ジルは叔父おじである”元・光のヒト”のスティーブから聞いて”光の聖域”のことをある程度知っていた。「光と影」の条約は形式的なもので、実情は光のヒト同士で結ばれることが多いと。それは法に反することではあったのでおおやけにはされないが、暗黙の了解とされていること。また、光の聖域の住人の多くは歴史上の問題から影の空間の住人を毛嫌いしており、スティーブのようにうっかり影のヒトに憑依ひょういされてしまった人はいわゆる「村八分」のような目にあい、光の聖域で暮らし続けることなどできないこと。

 つまり、スティーブは故郷である光の聖域を捨てて、ジルの叔母おばであるローズと一緒になったのだ。光と影の平等など、現実にはまだ存在していなかったのだ。


 、ジルはここへやってきた。このような視線を向けられたりそうした態度を取られることも想定済みだったので、さほど腹も立たないし、迷いもない。そもそも影の空間の住人はガラも口も悪い連中が多いので、他人の悪口や陰口などいちいち気に留めるようなものではないのだ。




 丘に近づいていくと、少女は庭園のベンチでゆったりと猫をひざにのせて本を読んでいた。


 ―ずっとずっと遠くから見てきた少女が今、目の前にいる。―


 「…隣…座ってもいい??」

 ジルは髪をかき上げながらベンチに腰掛けた。


 「キャッ!…あ、ごめんなさ…」

 急に話しかけられた少女は一瞬驚いたような顔をしたが、ジルの姿を見るとすぐに顔色を変えた。

 「…大変!!あなた、とっても顔色が悪いわ!!お熱があるんじゃないかしら…まぁ!お怪我まで!!すぐに戻ってくるから、ちょっとそこに横になって、待ってて…」

 そういって少女は家の方に向かって走り出した。



 「…え…?」

 ジルは呆気あっけに取られた。



 戻ってきた少女は救急箱を抱えていた。言われるままにベンチに横になっていたジルの頭を自分の膝に乗せると、少女はジルのシャツのボタンを上から2つほどはずし、脇に体温計を差し込んだ。


 「どこでこんなお怪我したの?体中が傷だらけじゃない…可哀想に…今手当てしてあげるからね…」

 そう言いながら少女はジルの鎖骨あたりの古傷をそっと撫で、最近ついたと思われる傷を消毒するとガーゼをあてがった。


 「…?????」

 ジルには彼女の行動がまったく理解できない。


 (あれ…おかしいな…なんか調子狂う…どうなっているんだ???)


 影世界シャドーでは顔色が悪いことは「イケてる」ことだ。体の「傷」も数々の戦いを勝ち上がってきたステータスでしかない。傷が多ければ多い程、強い男であることのアピールになる。だからそれを見た女の子たちにキャーキャー言われることはあっても、心配されることなどあるはずもなかったのだ。




 

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