出発

 「…ただいま。」


 朝日が昇るころにジルが帰宅し、台所にいたローズと、朝食を食べ始めていたスティーブとメドゥーが一斉に玄関の方を見た。


 「おかえり、ジル。バクは見つかったの??」

 ニヤリと笑うメドゥーをにらみながらジルは答える。

 「いいや。まだ店開いてなくて。でも光と影の境界の門番がいびきかいて寝てたから、ちょっくら光の聖域に行ってきた。」


 「…えっ!?」

 メドゥーの目つきが鋭くなり、赤紫の光を放っている。

 「…誰かと会ってきたの!?」


 「いや別に。昨日あっちにいった時、魔術の力が弱まったから、のろいの力も弱まるかなって…」

 「あっそう。てか”呪い”じゃないって言ってるんですけど。」

 メドゥーは興味なさげに返事をすると、元の様子に戻った。

 2人のやりとりを見て、ローズは台所でクスクスと顔をそむけて笑った。


 「ジル様、朝食を召し上がったら赤の闘技場に出発いたしますよ。」


 「あぁ、そうだな。もう呪いも解けたみたいだし、大丈夫だ。」


 「赤の闘技場!?…あの有名な心霊スポットの??」


 「…メドゥー様、いけません。口をつつしみなさい。」


 「ご…ごめんなさい…だってみんながそう呼んでいるんだもん…」

 シュンとしたメドゥーは肩身を狭くして下を向いている。


 「…でもスティーブ、あたしも赤の闘技場に行ってみたい。」


 「おふざけや生半可なまはんかな気持ちで行く場所ではありません。」


 「違うわ、本当に行ってみたいの。戦いの歴史を知りたいし…それに…ジルが見る世界を、私も一緒に見たいの。」


 素直なメドゥーのセリフに心を動かされたスティーブは、同行を承諾した。

 「わかりました。いいでしょう。ですが、しっかりと覚悟をなさってくださいね。知りたくない現実を知ってしまうかもしれませんから。」


 「わかったわ。これでもあたしは影世界シャドー屈指くっし魔術師まじゅつしよ。戦いの歴史をひも解きたい気持ちに噓はないわ。」


 「”ジル様とひとときも離れたくない気持ち”にも嘘はないみてぇだな。」

 ジルは嫌味ったらしく付け加える。


 「はぁ!?なんなのよ偉そうに。仕返しのつもり?またかけるわよ…」


 「おぉー怖っ!勘弁な。ごちそーさま。」

 ジルは食器を下げると外出の身支度を始めた。


 「メドゥー、マリエッタさんにはあたしから連絡しておくから。あとほら、今日の戦利品せんりひんとして家にもって帰んな。」

 ローズは香草こうそうに巻かれた鶏肉のローストをメドゥーに渡した。

 「えっ…!?こんな高価なものを、いいんですか??」

 メドゥーは伸ばした手を引っ込めて驚いている。

 

 「あんたにはジルがいつも世話になっているからね…これからも仲良くしてやっておくれ。」

 「ありがとうございます!!家族も喜びます。」

 メドゥーは満面の笑みで鶏肉を受け取った。


 「さぁ、お2人とも、行きますよ!」

 スティーブに続き、ジルとメドゥーは外へ出た。

 影の空間にも太陽は昇る。眩しい日差しが部屋の中に射し込み、石造りの室内を照らした。


 3人が目指すのは赤の闘技場。距離にして数十キロはある。

 ジルとメドゥーはタンと片足でジャンプするとそのまま空高く宙に浮いた。

 「なぁ、スティーブって高速移動できんのか?俺、場所わかってるから先にいっててもいいか?」

 「さぁ…浮遊魔法などしばらく使っていませんからね…感覚が戻るかどうか…」

 スティーブは全身の力を抜いた。柔らかい光がスティーブをおおい、その身体がゆっくりと浮かび上がった。

 「なんとか飛べそうですが、早さの次元が違いそうですので、入口の前で待ち合せましょう。」

 「おう!じゃあな。」



 ギュイーンと風を切って2人は一瞬で姿を消した。スティーブはふわふわと空中を遊泳しながら目的地へ向かう。

 「やれやれ、これでは何時間もかかりそうですね。ここは”彼”の力を借りましょうか…」





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