アイシテル

◆◆◆


 何時間が経っただろうか。



 影の森シャドー・フォレストの青白く高い木々に囲まれた満月の見える空間で、ジルは膝を抱えてうずくまっている。ホー、ホーと、シロフクロウの鳴き声だけが不気味な夜の闇の中でこだました。






 「…ジル…。帰ろう?……スティーブが心配してるよ。」



 「…………………知らねぇ……」



 

 「あたし、帰っちゃうよ?」



 「………勝手に帰れよ。」




 「………」


 

 

 「ジル。スティーブだって好きでに生まれたわけじゃない。大切に大切に育てられてきたこと、ジルは誰よりもわかっているでしょ?」


 「お前に俺のなにがわかるんだ。わかったような口をきくんじぇねぇよ。」


 「ローズおばさんもスティーブも、ジルをわが子のように大事に思ってる。あたしからみたって、3人は本当の家族だよ。」


 「………家族じゃないことくらい、とっくに知ってるよ……」



 「……でも……」

 「”でも”じゃねぇ!!!!!お前にはがいるだろ!?俺の気持ちなんかお前にわかるかよ!!!」


 「……………だからって、自分を大切にしてくれる保障なんてない。……あたしは……温かい家庭が……ジルが………羨ましかった。ずっと。」




 「…………ふざけんなよ……………俺の16年間は全て嘘だったんだ。…………あいつらは………叔父と叔母ですらなかった……。」

 




 「ジル、違う…ローズとスティーブは、本当にジルの事…」

 差し伸べた手が勢いよく振り払われる。

 「うるせぇ!!!!!黙れ!!!!」



 視線を落とし急に真顔になったメドゥーは、ふつふつと怒りを煮えたぎらせたような声でジルに問いかける。


 「………血が繋がってるから何?……ジルは私の気持ち、考えたことある?………本当の家族なのに、自分の事を想ってくれない。娘の幸せよりも、自分の豊かさや、男兄弟の幸せばかり願われる………。あたしは、家族の大黒柱でしかない。………かどうかなんて、どうでもいい。愛されて育つのと、愛されないで育つの、ジルはどっちが幸せだと思うの?」



 「……………」

 ジルはメドゥーを睨んだ。

 「世の中の真実を見たってだけだろ。所詮、愛なんて幻想だ。家族なんて、まやかしの幸せに過ぎない。嘘にまみれて生かされるのと、真実を知って生かされる事、どっちが幸せだ!?」



 「……………」

 負けじと睨み返すメドゥーの身体を、赤紫の炎がまとった。

 「”本当の愛”を受けて生きてきたジルに、あたしの何がわかるのよ。」

 

 ジルは紫の炎を纏う。

 「”凡人”のお前に、オレが背負わされた重荷がわかんのか?」

 


 2人の足元から渦を巻くように強風が巻き起こり、髪の毛を逆立てる。ジルとメドゥーは同時に手を広げ、互いに向けて勢いよく炎の玉を放った。衝突した炎が、中間地点で激しくぶつかり合い、音を立てて拮抗きっこうする。


 「一生わかんないわよ。あたしみたいな落ちぶれた女に、英雄の血を受け継いだ男の気持ちなんて。」


 メドゥーは衝突している炎に向けて、もう1発炎の玉を放った。互角だった炎の色が僅かに赤紫に寄り、炎の塊はジルめがけて勢いよく飛んだ。

 ジルはそれをけようともせず、正面からまともに食らった。強烈な勢いで吹き飛ばされたジルは遠くの木に背中を打ち、ずさっとその根元に倒れこむ。


 「ジル…!!???」

 全身から瞬時に炎を消失させたメドゥーは、慌ててジルのもとへ駆け寄った。



 ジルはボロボロになった服の裾をはらい、頬にできた擦り傷を手の甲でぬぐった。

 「……ははっ。すっげぇ~な、おまえ。のくせに…。殺せヤレよ。を。今なら殺せるヤレルぜ?」



 うつろな目で笑っているジルの顔をにらみつけ、メドゥーは勢いよく拳を繰り出した。その拳はジルの顔の真横を通りすぎ、木にぶつかった。めくれていた木の皮が突き刺さり、メドゥーの手からじわりと血がにじむ。



 「いいぜ。もっとやれ。好きなだけオレを殴れよ。なぁ。」

 よこしまな目をして、ジルはヘラヘラとうすら笑いを浮かべる。



 メドゥーは歯を食いしばり、涙をこらえながらジルの頬を何往復も叩いた。





 「ははっ…気持ちいいぜ。最高だ。」

 「―…っ!!!」

 メドゥーは潤んだ目に怒りの炎を宿した。

 されるがままになっているジルのひたいを押し上げて髪を掴み、大きく息を吸うと、その顎を引いて激しく唇を重ね合わせ、強引に舌を入れた。

 青白い木にもたれかかっているジルの下半身に太腿を上げて寄りかかると、はぁはぁと荒く呼吸を乱しながら何度も唇の角度を変え、腰を動かしてその体をジルに摺りつける。




 「……ジル…………もう、我慢するのやめて……。」


 



 ジルはぼんやりと遠くを見たまま、つぅと涙を流した。



 「……………なぁ、おまえの愛も、まぼろしなのか?」





 「…違う………。違うよ………。あたしを信じて…………。」

 メドゥーは泣きながらジルを求め続ける。





 「……嘘でもいい……愛してるって言え。あいしてるって……おれに…言ってくれよ…………。」


 こらえきれない涙をボロボロと流し、ジルはメドゥーの求めに応じて舌を絡ませた。背中に手を回してホックを外し、胸元の広がったその服を勢いよく下に引っ張ると、あらわになった柔らかい素肌をまさぐり、吸い付き、むさぼった。

 「……あっ…!はぁ……んっ…」

 メドゥーは身体をよじらせ、興奮と快感に打ちひしがれながらジルに身をゆだねる。



 「………は言わないよ……だって、嘘じゃないから………」 




 「………ジルが光とか影とか、誰の子だとか……そんなことあたしはどうでもいい。あたしはジル、。ジルの全てが欲しい。ジルの怒りも涙も悔しさも全部全部、あたしの中に出して?1ミリもこぼさずに、受け止めるから。」




 ジルは嗚咽おえつしながらメドゥーを抱き寄せ、唇を重ねた。2人は息が苦しくなるほどに互いを求め合い、静寂に包まれた夜の闇で熱い吐息をかけあいながら、時間を忘れて抱き合い、愛し合った。






 

 

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