影のヒト

―影の空間―


 オンボロの望遠鏡のひび割れたレンズの先。美しい庭園で少年が少女に話しかけている。


(クッ…いつもいつもアイツばかりいい思いを…でもそれも今日までだ。)


 ジルはお気に入りのビロードのマントを羽織はおると、全ての髪の毛を頭の中心に集めて上に何度も引き伸ばし、しっかりとツンツンに固めた。青白い顔によく似合う、つり目の三白眼さんぱくがんの下に、ジルはグレーのシャドゥを塗る。そして傷だらけの身体が目立つように白いシャツの腕をまくった。


(フフフ…今影世界シャドー流行りはやりの”デスメイク”さ…光の世界なんてやわな連中ばかり。あのがまだ生まれてからきっと一度も見たことのないこっちの世界のクレイジーな僕。うふふ…さぁ、この美しい僕のとりこになるがよい…)


 ジルは少し下がってきた髪をさっとかき上げると、立てかけてあった全身鏡に映る自分の姿に見惚みとれた。窓の外ではジルのファンの小さな女の子たちが目をハートにして家の中を覗きこんでいる。


(ああ…デスメイクが似合う僕…なんて最高なんだ…きっとあのも僕にときめくに違いない。光が闇に吸収されるように、あのは僕に引き寄せられるんだ…)


 ジルは窓を開け放つと集まっている女の子たちに投げキッスをして声をかけた。


 「やぁ、可愛い”子猫ちゃん”。今日もおつとめご苦労様。キミたちもちゃんと16歳になったらたっぷり一緒にからね…」


 ニヤニヤと悪戯いたずらな笑みを浮かべるジルに、小さな女の子からは楽しそうな歓声が、少女たちからは嬉しそうな悲鳴が沸き起こる。


 「ジル様、どうなさいました、本日は一段とご機嫌うるわしゅうございますな。」


 窓際でにやけるジルに部屋の奥からスティーブが声をかける。


 「スティーブ!!あんた、余計なことはいいんだよ!!ジルだってもうお年頃なんだから、黙っててやんなさい!!」


 ジルの叔母おばであり、スティーブの嫁でもあるローズが大声で怒鳴った。スティーブは【元・光のヒト】であったが、【影のヒト】であるローズに憑依ひょういされてこちらの世界にやってきた。


 「スティーブ…当たり前だろう、今日は僕の誕生日なんだから。これで晴れて僕も光の聖域に出入りできる…なぁスティーブ、お前もこの僕の美しさがわかるだろう。影のプリンス、ジル様のな…」


「もちろんでございますとも。ジル様。」


「スティーブ!あんた、ジルの馬鹿話に付き合ってる暇あんならさっさと食器洗いしてちょうだいな!」


「はっ…申し訳ございません、ローズ様…すぐにキレイに致しますとも…。」


 スティーブは光の速さで台所へ行き、ローズに命ぜられた通り食器洗いを始める。そんないつもの光景を呆れて眺めながら、ジルは床にあった瓶ビールをグビグビと飲み干し、唇についた泡をぺろりと舐めた。

 

 漆黒のマントを羽織ったジルが重たい木の扉を開けておもてへ出ると、窓の外にいた少女たちが一斉に駆け寄り人だかりができた。


「ジル様!」

「ジル様あぁぁぁあああ!!!」


 少女たちは我先にジルに触れようと必死だ。だがジルは手に持っていた薔薇の花を空高く投げるとオーブのような紫の結界を張って少女たちと距離をとった。


「悪いね、今日は大事な用事があるので…また夜になったら帰ってくるから、ちゃんとおうちに帰って待っているんだよ。」


 シュンとしてしゃがみ込む少女たちを後目にジルは「光の聖域」へと向かった。


 

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