第19話 そして、ようやく始まる・・・

 ファンロン皇国の王宮、謁見の間にて皇国陛下と国を守護する海神が対面していた。

 親しみのある視線を向ける皇帝に対して、海神の視線はどこまでと温度が感じられない冷たいものだった。

(※セイレーンの言葉は全てカタカナにしていましたが、読みにくいので『』はセイレーンのセリフとしてお読みください)


「我等が神よ、久方ぶりの邂逅で誠に申し訳ございません。

 そして、我が国の民が貴方様に失礼をした事、心より申し訳なく、お詫び申し上げます」

『そなたの指示では無いのは分かっている。

 だが、あの娘はそなたの系譜の者だった。そしてそこな使者に伝えなかった事があるため、我は限定的にだが顕現した』

「重ね重ねご迷惑おかけします。

 朕に何かございましたでしょうか?」

『あの娘の持っていた指輪、アレは神殺しの男が作った物の1つだった。

 全て処分された筈だったが、如何に?』

「な、なんと!!

 宰相、あの娘はホワン侯爵家の者だったな!」

「はい、間違いございません」

「では、3代前の皇妹が降嫁した家か。

 ありえなくはない、かの皇妹はかの大罪人が絡むとおかしくなっていた・・・。

 我等が神、サムラーヴァ様。誠に、誠に申し訳ございません。詳細についてお話ししたいものの、公にできるものでもないため別途お話しさせていただきたく存じますがいかがでしょうか?」

『良かろう、但し今一つだけ宣言させてもらおう。

 今回の一件だけでなく、最近のそなたの民の態度は少々目に余る。それはそなたの子も同様だ。

 故に我がこの国の守護をするのはそなたの代までだ。次代がまだ我の守護を求めるのであれば改めて試練を受けてもらう。

 初代の頃より変わらず恩恵を受けて生まれ育った者たちにとって、海神の守護のない海は初めてだろう。海は広大で寛容だが、優しくはないことを身をもって知らしめることが必要なのだと我は知った。

 国への守護は皇族が、個々に守護を求めるのであれば本人が、我等の試練を超えたなら加護を授けてやろう。今授けている個々への加護は今取り消した。早い者は3日で実感するだろう。国の守りはロン坊、そなたの精神が健康である限りは続くがそこまでだ。

 人の子等よ、備えるがいい。そして本来の自然の厳しさを知るといい』

「御言葉、真摯に受け止めましてございます。

 朕もまた、恵まれた環境に生きていましたので、本来の自然の厳しさを思い知り、皇太子に海の厳しさと偉大さ、優しさをしっかりと伝えたいと思います」

『そなたの言葉、信じよう。我が使者は即座に我が元へと帰すがいい』


 こうして賽は投げられた。もう後戻りはできない。

 静まり返り、凍りついたような謁見の間に時が戻ったのはやたらと響く皇帝陛下の手を打ち合う音だった。

 私やラルクでさえ、圧倒されて何も出来なかった。


 宰相閣下に促され、皇帝陛下に黙礼て私たちは隠されるように退出した。

 謁見の間が一気に騒めきだし、既に後にした私たちにも聞こえてくる剣呑さを含んだ騒ぎになり思わず振り返る。


「どうか気にせずそのままお進み下さい」

「で、でも・・・!」

「陛下は兵士に守られて居られます。それに陛下に何かありましたらこの国は即座に終わるでしょう。

 それが分からぬ者は我が国にはおりません。

 それよりも優先されるのはあなた方の安全。我等が神が気にかけられる方に万が一にも怪我などさせられません」


 話しながらも私たちは小走りで王宮を抜けていく。横を見るとラルクも表情が硬い。

 何も考えがまとまらないまま、庭をつき抜け、裏門にたどり着いた。


「さあ、この扉の外は海です。

 小舟も用意してありますので、乗ればすぐに眷属の方々がお迎えに来てくださるでしょう」

「あ、あの、これからどうなるのでしょう・・・?」

「私にも想像がつきませんが、私はこの国の宰相です。

 なに、この国は何年か苦しむでしょうが、必ず立ち直って見せますよ。この度は我が国の者がご迷惑おかけしました」


 そう答え、頭を下げる宰相閣下にかけられる言葉はなかった。

 私たちは所詮は外様で、たまたま通りすがっただけの他人だ。なのに、一国の明暗を分けるであろう大事に関わってしまった事に、正直恐怖を感じてる。


 ファンロン皇国の救援に来たはずが、かの国の国民に更に過酷な状況を及ばしてしまった。その責任なんて、ただの平民で一個人に取れる訳もなく、ただただ茫然と事態を見守るしかなかった。

 言葉の上だけでしか理解していなかった、そんなの言い訳にもならないけど、私はどうすれば良かったのだろう。


 私とラルクの乗った小舟は宰相の言った通り、すぐにセイレーンたちが沖へと流してくれ、ほどなく船団に回収された。

 ラルクが送ってくれたセイレーンに首飾りを返そうとすると、持っているように言われセイレーンはそのまま海ヘと消えていった。

 私たちの帰りを待っていてくれた仲間の冒険者たちに経緯や起きた事を説明すると、全員渋い顔をしていたけれど割とアッサリ起きた事は仕方がないし、状況も仕方ないものだろうと冷めた反応が大半だった。

 私が驚いた顔をしていたせいだろう、大分慣れた狩人さんが苦笑して代表して説明してくれた。


「ラルクさんやアリスさんには実感があまりないかもしれねえけど、アレーミの神様なんて、みんなそんなもんだ。

 むしろ一国を守護してくれる神様を大事にしてなかった方が罰当たりで、神罰がないだけマシだと思うぜ?」


 周りの他の冒険者たちも頷き、同意している。

 知らなかったのは私たちだけ・・・?その事実に気付き、スッと血の気が引くのが止められない。ラルクがそっと右手をつないでくれて視線を向けるとラルクの視線も険しくなっていた。


「アリスさん、ラルクさん。私たちはあなた方の敵ではないのでお話しを聞いてくれますか?」


 警戒状態に入った私たちに回復士さんが声をかけてくれた。


「まず、改めて私の名前はカリーナと言います。

 私たちアレーミの民はあなた方を知っていますが、あなた方招かれし者にとってはほぼ初対面ですよね」

「な、んで・・・」

「私たちにとっては、【たまに良くあること】なんです。

 その中でも、アリスさんとラルクさんは非常に常識的で、かつアレーミでちゃんと生きようとしてくださっている。

 とても、とても得難い方々なんですよ?」

「あのな、オレたちはあんたたちを知っている。どんな事をしてきたのかも。

 でも、あんたたちからしたら怖いだろ?自分らの知らない所で知られているってのは・・・。だからな、主神アールマイル様からオレ等には制約が課せられているんだ。

 招かれし者が知りたいと思うまで、伝えることを禁じられている。オレたちが話せるって事は知りたくなったんだろう?」

「そうだね。でも、オレたちは状況を知りたくて色々調べていたはずなんだけど・・・」

「うーん、オレは頭良くないから詳しい事は分からないけど、きっとそれだけじゃ足りなかったんだろうな。

 あ、そうだ、オレはウィルスな。改めてよろしくな!」

「はあ・・・ウィルス、君は相変わらず適当なんだから・・・」

「ああん?なんだロイド、だんまりはおしまいかよ?」

「君が適当すぎるから私は出ざるを得ないんでしょうが!猪!もう少し脳みそはないのですか?」


 口を挟んできたのは魔術士さんだった。呪文以外で声を聴いたのは初めてで、普通に話せるんだと思わず凝視してしまう。

 しかも狩人さん、ウィルスさんとめっちゃ罵り合っている・・・。

 ラルクを見ると同じように驚いていて、面白くなってしまった。改めて、本当にみんな生きているんだって実感した。


「ふふ、アリスさんやっと笑った」

「ふっ・・・ごめん、カリーナさん、って呼んでいいかな?」

「喜んで。あのね、詳しい条件を全て知ってる訳ではないんだけど、招かれし者にちゃんと話せるようになる条件の中に【アレーミで生きていく覚悟】があるのは知っているわ。

 2人はもうこの世界を受け入れてくれている、と思ってもいい?」

「そうだな、オレたちの家もこっちでの家族もできたから、元の世界に戻れるって言われても困るな・・・」

「うん、元の世界に戻すなら最初からそう言って欲しいし、もう覚悟を決めた後に言われても困るよねぇ。

 大体、セバスたちも待ってるのに」

「良かった、じゃあこれからもどこかでまた一緒に冒険できるね」

「っ!!うん、色々移動するけど必ず戻るよ」


 カリーナさんとキャッキャとしていると、魔術士のロイドさんと狩人のウィルスさんの喧嘩も終わったのか、ロイドさんがラルクに小さな手帳を渡していた。


「聖王国アールゼナへの行き方です。

 あそこはちょっと特殊な国なので・・・ まあ、招かれし者であるあなた方なら大丈夫だと思いますが、苦労しないに越したことはないでしょう」

「ありがとう!本当に助かります!」


 初めて、冒険者仲間のみんなと本当に打ち解けられた気がした。

 みんなの温かい笑顔と、言葉と、気持ちにこの世界に来て良かったとまた改めて思った。大好きな世界に大好きな人たちが増えて行く。




 そして、私たちは何事もなく海都に帰還した。

 自宅での使用人のみんなの歓迎ぶりが凄くて、私たちに全ての情報をようやく話せると心から喜んでくれた。

 色々な制限がどうして設けられているのかは、分からないけど、もしかしたら救済措置なのかもしれない、と良い方に考えることにした。


 帰宅してからの1週間、カリーナさんやロイドさん&ウィルスさんを始め、様々な方が訪ねて来てくれている。

 剣士さんがカイルさん、槍術士さんがマイルズさん、とお名前も聞いて段々多くなってきてて覚えられなくなってきたのは内緒です。

 毎日のような来客を喜んだのは、実は私とラルクよりもセバスやラルクの使用人筆頭のマナカだった。最近そこにファンロン皇国からマイカさんが亡命してきてうちの使用人に追加された・・・。

 友人として滞在してくれていいと言ったのだけど、元々侍女として働いていた彼女的には仕事がないのは落ち着かないらしく、私とラルクが平民でも問題ないと仕えてくれている。

 セバス曰く、流石上位貴族に仕えていただけあって有能だと、嬉しそうにニッコリしていた。

 そんな平和な毎日が楽しい。


「あふ・・・」

「アリス、今日もお疲れ様」

「うん~、ラルクもお疲れ様。今日もウィルスさんとロイドさんは仲良しだよね~」

「そうだね、ロイドさんには聖王国への移動の手配とかありがたいね」

「うん。あと、10日後かあ・・・ 今度は大分長い外出になりそうだね」

「そうだね。折角だから、楽しまないとね」

「ふふっそうだね。美味しいものとかもあるかな」

写映機カメラも買ったし、奇麗な景色も探そう」

「うん、ラルクとならきっとどこでも楽しいね」

「ああ、ずっと一緒に楽しもう」



 なにが分かるのか、なにが待っているのか、なにも分からないけど。

 でも、冒険者としては全部、丸っと楽しめばいいよね。新しい冒険も、ラルクと2人ならきっとなにも怖くないから。



 向かうは【聖王国アールゼナ】!

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ストレス発散にゲームしてたらVRMMOの世界に転生していたので楽しく生きようと思う あるる @roseballe

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