新たなる旅立ち

第10話 航海にトラブルはつきもの

 船旅は順調だった。

 熟練の航海士たちが上手く風を読み、滞りなく進んでいて、私はどこまでも続く海原を好きで良く眺めていられる位の余裕があった。

 不等号のような船隊を組み、私とラルクはその先頭の旗艦に乗っている。例のトラブルの元になった女性は不等号の真ん中の一回り小さいけれど、中は高級ホテル並の施設が整った船で守られている。


 どうやら指揮を執りたいタイプの女性らしいが、領主閣下が我ら平民の冒険者が失礼があると良くないから、と言う理由で切り離して下さった。

 勿論建前で、本音は余計な口も手も出すなだ。一見強面な閣下は実は温厚な方なのに、かなり怒っていらしたので、きっとまあ色々やらかしたのだろう。さもあらん、としか言えないし、私としてもラルクに言い寄ろうとする彼女に良い感情はない。

 そんなこんなで彼女は排除されたものの、彼女の手の者は各船に連絡係として配置されているので私やラルクは常に監視する視線を感じるので過ごしやすいとは言い難いが、仕方ないと妥協している。


 私やラルクには政治的な話は聞こえてこないが、お互い日本で社会人として働いていたので流石に何らかの交渉があったのは分かる。私たちの住んでいた国は連合国家なので、それぞれの都市はそこまでの力を持たない。

 海都の領主は海路での販売経路拡大や輸出入に力を入れていたので、これから向かう東方のファンロン皇国は海洋の大国なので、この関係構築の機会逃したくないのは分かる。

 とは言え、私たちには何も聞かされていない、つまり知らぬ存ぜぬで問題ないとの判断が行われているので、自分たちは素知らぬ顔で役目のみを粛々とこなすのみだ。取り急ぎの案件は今はないものの、山と海の天気は変わりやすいので定期的に航海士と共に確認を行う。

 ラルクも定期連絡を各船と行っており、現状どの船も大きな問題なく、進行も順調だ。



 海都を出て7日、行程も半分を超え辺りで霧が立ち込める難所へと差し掛かった。この海域事態は航海士たちも把握していたのでちゃんと安全なルートを通っているはずだったが、想定外の接触事故が起きた。

 先頭を行く私たちの船の監視が大声と警告音で警告した直後に、船に衝撃が走った。


 ちょうど艦橋ブリッジで艦長と共に今後の航路の注意点などを確認していたタイミングだった。

 現代であれば艦橋ブリッジは情報収集、指揮を行うのはCICと呼ばれる機密室があるが、このアレーミの世界は良い所産業革命くらいの科学発展度なので、未だに艦橋ブリッジが指揮と戦略の中心となっている。


 閑話休題


 警告が聞こえた次の瞬間、私の体は強かに壁に打ちつけられていた。「いった・・・」と思わず漏れる自分の声が他人事のように聞こえ、状況がイマイチ把握できない。

 体を揺さぶられて、視線を上げると「アリス!」と叫んで、私を抱え込んだラルクの焦った顔が見えた。ラルクは額少し切ったのか血が出ているのを見て、一気に覚醒する。


「ラルク!血が!!ちょっと待ってね」

「大した事はないよ、ありがとう」


 急いでハンカチで血を拭うと傷は小さかったが、額なので血が止まらないため簡易治癒を使い止血する。

 一緒に居た艦長は表面上の怪我は無いようだったけど、打ち身とかありそうだったのでやはり簡易治癒ヒールと精神安定の強靱タフネスをかける。


 艦橋ブリッジの計測器関係も壊れているものは無さそうだったので、私は人員の確認と回復、ラルクは状況確認と艦隊指揮に別れた。


 船内は小さな怪我をした人は居たけれど、海に落ちた人もなく不幸中の幸いだった。

 船外に出ると、霧が立ち込めていて数メートル先が見えず、流石に私も出るのは躊躇ったが監視の船員が居るはずなので出ない訳には行かない。


 魔術士の船員にも手伝って貰って風の魔法で払っても霧はまたすぐ立ち込めてしまう。

 そして、霧に僅かだけど魔力を感じた瞬間迷うこと無く、危険信号の赤の花火を打ち上げてからラルクに通話をする。


《ラルク、船外の霧は異常よ。魔力を感じるわ、これは人為的な意図した事故だわ。

 警戒レベルMAX、探索討伐隊を提案する》

《了解、見張りを残してアリスは一旦戻って》

《いいえ、命綱をつけた上で船員数名と船先までは行く。そこから確認確認できる範囲で確認する。

 調査するにも航路変更するにも情報は必要でしょ?》

《・・・・・・分かった。くれぐれも、くれぐれも!!無理はしないように》

《はぁ〜い》


 待機していた船員達に協力を要請して、私と一緒に2名着いてきてもらう。

 1人はカトラスのような曲剣を扱う船員と、先程霧を吹き飛ばすのに手伝って貰った魔術士の船員だ。


「2人ともロープは腰に巻いたね?

 じゃあ、早速だけど行こう。救出もしたいけど、まずは情報収集だからそこは割り切って欲しい。残りのメンバーは私たちのロープが落ちたら、何かあった証拠だから即時に艦橋ブリッジに報告」


 共に行くメンバーも残るメンバーも力強く頷く。

 覚悟も出来ているのを確認して、私は頷くと先頭に立ち、明かりを灯す魔法を全力展開しながら、薄灰色の霧の中を進む。


 自分たちの息遣い意外聞こえない緊張感の中、ようやくメインマストに到着し、1人倒れている船員を保護。

 カトラスを持つ船員に残ってもらい、ロープを辿って連れ帰るように指示し、私は魔術士と船の帆先を目指す。


 帆先まではなにも発見できず、手摺まで到着した。

 全力でバフをかけて、風で霧を払うと、ほのかな腐臭と共に眼前に幽霊船としか言えない朽ちかけた大型の船が見えた。

 私たちの乗る船は、その幽霊船の真ん中近くに衝突していた。

 航路変更は絶望的、衝突した船の除去が必要とラルクに連絡すると共に急いで戻った。


 不明の船員の探索が出来ないことは悔やまれるが、数人の命と全員の命を天秤にはかけられない。

 その場は船員たちを慰め、この後調査の時に必ず探すと約束して入り口の防御を依頼して艦橋ブリッジに戻る。


 ラルクは既に各船との連絡は取り終えていて、先頭三隻から数人ずつ合計7人で調査に出ることになった。

 当然私とラルクは調査のメンバー入っている。私たちは元々最前線に出るタイプなので問題ない。他のメンバーは近接戦闘タイプの槍使いと長剣使い、遠隔は狩人と魔術士。召喚が使える魔術士は、召喚獣がこの霧を嫌がるとのことで防衛に残ってもらった。最後の一人はサブの回復士で、途中で負傷者を発見したら連れ帰って貰う予定だ。


「早速だけど、時間が無いのですぐに出るが問題は?」

「ない、がこれは視界が悪すぎるな・・・」


 ラルクの問に槍使いの男性が眉をひそめて外を見ながら言う。


「私が誘導光ライトを前に出すから見える範囲を注意して進むしかないかな~」

「アリスの誘導光ライトを囮兼目印として少し下がって前衛2人。

 魔術士、オレと回復士は中央、後ろにアリスと狩人で背面攻撃に備えて欲しい」


 口々に了承を伝えて、私たちは霧の向こうに待ち受ける幽霊船へと向かうことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る