第17話 束の間の平穏

 その後の船旅は順調だった。

 トラブル発生機の令嬢は護衛艦の元居た部屋に軟禁した時にちょっと五月蝿かったけど、ラルクがセイレーンに預かった首飾りを見せると真っ青になってこちらの言うことを多少は聞いてくれるようになった。

 セイレーンの場所まで連れて来られた侍女さん、マイカさんによると、あの首飾りはセイレーンの代理人の印であり、代理人が害される事がないように攻撃からの保護とセイレーンへの報告が同時に行われるらしい。しかもセイレーンは首飾りの元へ一瞬で転移できるとか。

 何その便利アイテム、凄い!ちょっと作ってみたいと思ったものの、セイレーンからの依頼を達成した後に少し見せてもらおう、と心に留めた。


 この世界の技術レベルは日本に生きていた私たちからすると低いものの、魔力、所謂MPを消費して動くものが多く化石燃料や原子力燃料を使用した後に発生する廃棄物が出ないのはエコだし自然に優しい。

 魔工学と呼ばれている分野で、小説やゲームに出てくるような魔道具の開発が行われ、一見中世~第一産業革命くらいに見える街での生活が非常に快適になっている。魔道具を作れるクラフター職業もあるため、凝り性なプレイヤーは様々な魔道具を作り販売していた。


 私やラルクも一通りクラフターは出来るものの、お互い効率重視なので冒険に必要なものを中心にしか作って来なかったから技術力はあっても知識があまり深くない。最近はもっぱらラルクが材料採集して、私が作る、と担当を分けていたので尚更知らなそうな気がするけど・・・。

 うん、ラルクだしな、実は特に口には出さないだけで案外色々理解してそうな気がする。今度聞いてみよう。


 そんなことを考えながら看板に行くと、ラルクが船員や冒険者たちと話していた。

 邪魔をしないように、そっと反対側の日陰でぼ~っと海を眺めていると、一人のセイレーンが近寄って来る。


「なにかありました?」

『ソナタニ、我ラガ女王カラ伝言ガアル』

「女王様・・・ あのお方ですか?」

『ソウダ』


 ああ、やっぱり女王様っぽいなと思ったけど、そのまま女王様だったんだなぁ~と思いつつ話を聞く。


『我ガ君カラ、ソナタト夫ハ招カレシ者ダト聞イテイル。

 ソナタハコノ世界ノ者デハナイノデ、間違イナイナ?』

「招かれし者が良く分かりませんが、この世界の人間でないのはあっています」

『ソウカ、我ガ君ノ見立テ通リカ』

「その話し、オレも聞いても?」

『無論ダ』

「ラルク!びっくりした~!」


 真横から声をかけられて驚いて「いつ来たの?」と聞く私に、ラルクは少し不貞腐れたような顔をしつつ「今」とだけ答えるとまたセイレーンに向き直った。

 もしや怒っている?何故??・・・特になにも、してないよね?

 とりあえず、今はセイレーンの話を聞いて、ラルクとは後で話そうと気持ちを切り替える。


「それで、あなたの主君、セイレーンの女王からの伝言について教えていただけますか?」

『ソウダナ、明日ニハ人ノ国ニ着ク。ソナタニ預ケタ玉ハ我ガ君カラノ伝言ガ入ッテイル。

 王宮ニ着キ、説明ヲ求メラレタラ玉ニ魔力ヲ注ゲバ、我ガ君ノ言葉ト姿ガ届クダロウ』

「承知しました。無事依頼を達成したかはどのようにお伝えすれば?」

『玉ハ使用サレルト崩レル。ソレデ我ガ君ニソナタタチガ間違イナク頼ミヲ聞イテクレタコトガ分カル』

「なるほど、便利ですね」

『ソノ後、人ノ国ハ多少ナリトモ混乱スルダロウ。ソナタタチハ巻キ込マレナイヨウニスルトイイ、首飾リニ魔力ヲ注ゲバソナタタチ2人ハ我ラガ眷属ガ海ヘト逃ガソウ』

「えっ・・・」


 セイレーンの女王からの伝言・・・ 今回の事件、そしてセイレーンの悲しそうな表情を思い出し、別離の告知だと想像がつき、流石にぞっとする。

 守護して貰っていたのに、その守りがなくなる。しかもそのメッセンジャーが私とラルク!!

 思いの外大事になっていると改めて気付き、血の気が引く私の手をそっとラルクが握ってくれる。


「まあ、そうなりますよね。オレたちの仲間はどうなります?いや、最初から上陸するのはオレとアリスだけにすればいいのか・・・」

『ソノ通リダ。ソナタタチノ船ハ例ノ娘ト使用人、荷物ヲ下ロシタラ海ヘト出セバイイ。

 海ハ我ラノ領域ダ、手ハ出サセナイ』

「ありがとうございます。でも、なんでそんなに親切にしてくださるんで?」

『・・・ソナタタチハ、招カレシ者ダ。

 ソレモ主神アールマイルノ気配ガ色濃ク残ッテイル上、我ガ君ハソナタヤ仲間タチノ気性ヲ気ニ入ッタ。

 我ガ主君、海神サムラーヴァ様ニヨルト、ココマデ主神ガ加護ヲ与エテイル招カレシ者モ珍シイ上、ソナタタチハ何モ知ラナイヨウダト』

「はい、全てが初耳で・・・。正直、今、動揺しています・・・」

「私たちがここにいるのは、やはり意味があるのでしょうか?」


 一縷の望みをかけてセイレーンを見るが、困ったように頭を振る。


『サテナ、我ガ君ニモ分カラヌノダ。ダガ、主神ガ守護スル国ニ行ケバ何カ分カルカモシレナイトノ事ダ』

「主神の守護する国・・・ 聖王国アールゼナ」

『ソウダ。彼ノ国ノ教会デハ主神トノツナガリガ強イト言ウカラ、一度訪ネルノヲ勧メルトノ事ダ』

「ご提案、そして情報ありがとうございます」

『明日ハキット忙シクナル、ソナタタチモ備エルトイイ』

「はい、では失礼します」

「ありがとうございました!」


 私はラルクとセイレーンに挨拶すると急いで艦橋へと急いだ。

 ラルクは気付いていたのに、考えてみれば高位貴族の令嬢を捕縛して連れて行く上に、伝言を託されているんだから何もない訳がないのに!どこかまだボヤっと平和ボケしている自分に腹が立つ・・・。


「アリス・・・」

「うん?どうしたの?」

「違うから、オレがアリスに心配かけたくなくて教えなかったんだ」

「うん。でも、気付かなかった私がいけないんだよ。気付かないと、いけなかったんだ・・・」

「そうだね。でも、オレは気付かないで欲しいと思ってたから」

「えっ・・・ な、んで?」

「アリスが責任感じちゃうから。

 色んなことが一気に起きていて、アリスがリラックスできる時間さえなくなりそうで、それが嫌だったんだ。

 だから、オレの我儘でアリスに気付かれないようにしていたんだ、ごめん」


 しょんもりと、ラルクの耳が下がってしまって、そんな姿を見たら文句なんて言えないじゃない・・・、ズルイなぁ。


「ラルクは悪くないよ。でもね、一緒に抱えさせてくれると嬉しいな。

 それに、一人分かってないのは不安になるから」

「うん、分かった。とりあえず、今は明日の準備と情報共有をしようか」

「うん!みんなが上陸しない理由づくりをしないとね」


 そこからは大忙しだった。

 各船との連携は問題無かったけど、本国に迷惑をかける訳にも行かないのでギルド職員さんから連絡して貰い、領主も参加での緊急会議となったが、そもそも状況共有は随時していたので対応は早かった。

 本国の方でも巻き込まれては敵わないと言う気持ちと同時に、海都であるだけに元々セイレーンは海神の眷属と知られており不可侵だ。

 海神その人が守護を辞めると宣言されるのだ、人の身に否やを唱えられる訳もなく、そのつもりもない。

 ただ、元々は戦争により疲弊した民の救援依頼だったのでそこだけは最後まで務めようとの判断となった。


 落ち着かない、緊張をはらんだ夜は明け朝が来た。

 もう遠目に皇国の港が見えている。

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