第15話 怒れるセイレーン

 ハルピュイアが1匹?1頭?なんと数えればいいか分からないけど、私たちの前に降りて来て、一声「ピィ」と鳴くと洞窟の中へと飛び去って行った。


「早く進め、という事だろうね」

「行くしかない、ね。みんな怪我は大丈夫?」


「おう!」と相変わらず狩人さんは元気に返事をくれ、他のみんなも頷いている。ラルクは簡潔にまとめて連絡をしているようだった。確かにあの洞窟の中はコールが届かなくなる可能性が高い。

 そもそもコールはどんな原理で成り立っているんだろうかと、気になるが、それも諸々落ち着いたら調べてみよう。


「よし、じゃあ行こうか。中が暗かったらよろしく、アリス」

「はーい」


 私たちの心情とは裏腹に抜けるように青い空が恨めしい。

 眩しい青空とはサヨナラして、黒々と口を開けている洞窟へと入る。

 暗い、ジメジメしたものを想像していたのだけど、予想外に中は明るく綺麗だった。

 ブルーグリーンに淡く光る苔が幻想的な雰囲気を作り、その光が反射される珊瑚は赤だけでなく青や白などもあり、鮮やかに彩っている。

 洞窟内に波か入っているようで、反響する波音は優しく響き、これから厄介事が待っていなければゆっくり堪能したい。


 洞窟内は一本道だけど、足元はあまり明るくないので、念の為誘導灯ライトを出しているので水に落ちることはない。

 時折私たちを監視するセイレーンを見かけるが、向こうから仕掛けてくることはなかった。

 恐らく例の声、セイレーンたちの主?に止められているんだろうけど、どの視線も刺々しく、彼女等にとっては操られそうになったと言うのは本当なんだろうと思う。

 全くもって身に覚えが無いんだけどね・・・!!


 15分ほど、洞窟を抜けた先は舞台のようになっていた。

 周りは大小の岩と沈没船の残骸。そして、舞台にはドライデンのような三又の鉾をもった豪奢で美しいセイレーン。

 南国の美しい海のようなエメラルドグリーンの髪はゆるく波うち、緩くまとめられてきる。髪やその身を飾るのは海の宝石である真珠や珊瑚に貝。

 豊満な我儘ボディは、御伽噺等で見る貝殻のブラではなく、不思議な光沢の布のような服。ギリシャやローマのトーガのようだった。


「流石セイレーン、美人だわ〜」

「アレは惑わされるなって言うのが無理ですね」

「わかる」


 男性陣もそりゃ頷くわ、めちゃくちゃ怒ってるのは表情で分かるけど、それさえも綺麗とかズルい。

 ラルクもあれは惹かれるでしょ、と思って振り返るとめちゃくちゃ渋い顔をして通信で会話してるようだった。


「ラルク?大丈夫?」

「大丈夫じゃないけど・・・

 はあ、素直に話すしかないかな」

「なにかあったの?」

「うん、例の彼女がね」


 その一言で、全員理解した。またしても、あの令嬢がやらかしてくれたのだと。


『逃ゲズニヨク来タ。

 ソノ覚悟ヤヨシ!サア、我二滅サレルガイイ!』


 完全に怒り全開の美人なセイレーンの覇気は女王と呼ぶに相応しく、殺気は恐ろしく、反射的に攻撃したくなる程のプレッシャーに私たちは必死に耐えていた。

 吹き飛ばされそうな、物理的にも感じるプレッシャーを私たちにかけつつ、セイレーンは優雅に鉾を持ち上げた。

 やばい!やばい!!とは思うが、こちらに非があると分かった今、攻撃は出来ない。でも死ぬつもりも、ない!!


「三重詠唱完全結界エターナリティ


 セイレーンの視線が私に注がれる、怖い!!


『ホウ、ヤルデハナイカ娘。ナラバ、コレニ耐エラレルカナ?』


 圧倒的な魔力が一転に集まっていくのを感じる。

 あんなの、この結界じゃ耐えられない!!


「追加二重防御結界シールドフォース!!

 足りない、魔力も厚みも!!」


 私の悲鳴にも近い叫びに即座に回復士さんが魔力譲渡マナトランスを私に、魔術士さんは魔法ダメージを軽減するために魔属性判定アンチマジックを展開してくれる。

 ラルクは即座に回復するために継続回復を行うエリアヒールと完全回復のフルヒールを発動直前で待機してくれている。


 そして、セイレーンの圧倒的な重さと威力の水魔法が襲ってきた。最初の3枚の結界は一瞬で吹き飛び、魔術士さんのアンチマジックで軽減されても結界が5秒と持たない!

 連続で結界を張り直しつつ、自己バフをかけつつ、5回だろうか?結界を張り直した。

 その間も突き刺すような水の攻撃は防ぎきれず、回復士さんは吹き飛ばされ、槍術士さんが助けているのが視界の端で見えていた。

 剣術士さんは魔術士さんを守り、狩人さんはラルクと2人で私を守ってくれていたのに、全員びしょ濡れで傷だらけ、満身創痍だった。


『耐エキッタカ、人ノ身デ。

 ・・・フム、我ニハ分カラヌ。ソレダケノ力ヲ持チナガラ何故アノ様ナ卑劣ナ道具ヲ使ウ?』

「お、お聞きいただきたい事があります!」

『申セ』

「私どもは本当にあなた様の仰った、眷属の方々を害するようなものに心当たりはありませんでした。

 しかし、海上に残している仲間に調査をさせたところ、呪いの道具を持つ者を見つけました。

 誠に、誠に申し訳ございません!!我ら人間の一人がしたことに私はただ謝罪するしかございません」

『・・・我ガ問イニ、正確ニ答エヨ。

 ソノ者ハオ前タチノ仲間カ?』

「同じ人間ではありますが、仲間ではございません。

 何を考えてそのような道具を持ち込み使用したのかも分かりませんが、これ以上悪さをしないよう拘束し寝かしています」

『ソウカ、ナラバソノ者ト道具ヲ持ッテクルノダ。

 我ガ見テ判断スル』

「っすぐに連絡します!」


 疲労であまり頭が回って無かったけど、アッサリとこちらの言い分を聞いてくれるのか不思議だった。

 私の視線に気付いたのか、こちらを見てニッとセイレーンが笑う。


『ソノ目ダ。敵トシテ目ノ前ニ我ガ立ツモ、オ前タチハ我ヲ怒リヤ口惜シサ、マシテ憎シミナド欠片モ見セナイ。

 我ノ攻撃ニ対シテ全力デ防ゴウトスルダケデ、反撃ナド微塵モシヨウトシナイ。

 ダカラ、気ニナッタ。ソレダケヨ』

「冷静な対応、心より感謝いたします」

『良イ。ソレニナ、我ノ技ヲ完璧ニデハナクトモ、防ガレタノハ久々ダ。

 コンナ時デ無ケレバ褒美ヲヤリタイクライニ我ハ今気分ガイイ』


 セイレーンの女王様?はかなり脳筋で豪快な人のようで、思わず笑ってしまった。あまり謙遜するのも良くなさそうな雰囲気を感じたので、素直に「あれ以上なら、無理でした。仲間が助けてくれたから何とかなった」と答えるとにこやかに「良キカナ」と笑ってくれた。


 思いがけず和やかな雰囲気になり、仲間たちも服を乾かせて治療を終えた頃に眠りこけた令嬢を担ぐ大柄な冒険者と、拘束されたまま歩く侍女、そして見張り兼防衛で2人の冒険者、合計5人が到着した。


「待っていたよ。早速で悪いけど、彼女が使ったという道具をセイレーンに」


 恐る恐る銀の箱から道具を出すと、セイレーンの女王の目が殺気を帯びる。

 「ヒッ」と一瞬悲鳴をあげつつも、冒険者の一人が渡すと女王はまじまじと道具を確認した後、銛で一突きして破壊した。


『女ヲココニ』


 無言で令嬢を女王の前に置くと、女王は何かを確認してから、顔を上げる。


『間違イナク、コノ女ダ。シカモコノ女、我ノ庇護下ニアル国ノ者ダ…

 コヤツカラ話ヲ聞キタイ』

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