第9話 旅立ちは嵐
東方支援に出発する当日、アリスとラルクは荷物を持って港に居た。
拡張されているとは言え、鞄はどうしても大型の物となり、2人共全力の戦闘装備だ。とはいえ、一見すると普通の旅装にしか見えないどころか、とても軽装だ。
アリスはシンプルなシャツの上にロングベストと動きやすいように膝上のプリーツのショートパンツとロングブーツを履いたアリスのお気に入りの服装でもある。
ラルクもカジュアルなシャツにパンツとショートブーツでスッキリまとめている。
ラルクも彼の定番の服装だ。
これから長旅になるんだから、と窮屈な格好は避けている。
お互い改まった時用のそれぞれのギルドの制服やジョブの正式装備も持っては来ているので問題はない。
今回東方に向かう船は8隻で、アリスとラルクは船団を纏める旗艦に乗ることになった。
航海の先導であり、戦闘の際も真っ先に道を開く役目を負っているので責任重大だけど、やりがいはある。
ふと、先日の顔合わせを思い出すと、アリスは不愉快になる気持ちが隠せない。
婚姻式の翌日、東方に向かうメンバーと東方の受け入れの担当者でもある依頼人との顔合わせがあったので、アリスとラルクは一緒に参加していた。説明自体は簡潔で複雑なものもなく、文化の違いへの注意事項くらいだった。後は海上での戦闘になった場合の指揮系統の確認だ。
アリスもラルクも冒険者としてのランクはSで最上に当たる上、生え抜きのベテランかつ指揮や回復、バフを回しつつ、本人達も
ここまでは想定内だったので問題なく話は進み、一緒に行く冒険者たちも慣れた者が多く、中にはアリスやラルクを知っている人も少なくなかった。一度話してみたかった、と同業者に言われるのは嬉しくも面映ゆいが、8隻の船に別れるのでお互いに連絡合図や信号などを決めた。単純に言えば色を使ったモールス信号の簡易版だ。
その後、各船のリーダーと今回の依頼人への挨拶の際に問題が起きた。
正直言えば、いつかこんな日が来るかもしれないとは思っていた。ミスティは男女共にゲームでも人気があったし、基本美男美女なので、後はお察しだ。
アリスは猫が好きなだけだったけど、そうではなくゲーム内恋人や恋愛をしたい人も一定数いる訳で、そういったトラブルがある事は認識はしていた。
そう、依頼主はミスティの女性で、ラルクが気に入ったのだった。
◽︎◾︎◽︎
ギルド職員に連れられて、ホテルの応接室に向かう。
ノックの音に「どうぞ」と軽やかな女性の声がした時から嫌な予感はしていた。
応接室には、恐らく高貴な方だろうと思われる中華風な服装のミスティの女性がソファに座っていた。
女性はこれから向かう東方、ファンロン皇国の貴族令嬢でライラ・ホワン様と言うらしい。鈴のなるような可愛らしい声で、私たち冒険者にさえお礼を言って下さるのは有難いが、視線はずっとラルクを追っていた。
私と手をつないでいると言うのに、私の事は当たり前だが眼中に無いようだが、一応こちらの説明は聞いているようなので我慢していた。
一通り日程と旅程について確認が終わったあと、軽い懇親会としてランチをビュッフェスタイルで振舞って下さった。
が、彼女が大人しくしていたのはここまでだった。
無礼講で自由行動になるや否や、ラルクに近寄り私を押し退けた。
カチンとは来たが、まあ、ここはまだ我慢だと思ったが、キレたのはラルクだった。
「ねぇ、あなたが今回の・・・」
話しかける依頼主である令嬢、ライラ様をガン無視して、一瞥もすることなくラルクは押しのけられた私の腕を掴んで抱き寄せた。
「アリス、大丈夫?」
「うん、ありがと」
「良かった。さて、じゃあこの依頼はやっぱりお断りしようか。
オレたちは歓迎されてないようだしね」
「えっ、いいの?」
「うん、オレたちの目的は別の方法でも達成できるし」
「たしかに・・・」
私たちの言葉に焦ったのはギルド職員と周りの冒険者たちだった。
口々に思いとどまって欲しいと言い、令嬢の従者にも彼らが居ると居ないではリスクが大幅に変わると詰め寄っていたが、当の女性はラルクに無視されたことに目を白黒させた後、私を睨みつけていた。
そんな女性の態度に益々ラルクの視線は冷たくなるのが、また許せないんだろうとは思う。
怒る依頼人の女性を宥める従者や東方の方々、キレたラルクを宥めようとするギルド職員に冒険者たち、と混沌とした懇親会はお開きにして当事者である私とラルク、依頼人の女性と従者、ギルド職員ともう1人古参の冒険者で別室で話す事となった。
そこでまた、女性はとんでもない事を言い出した。
「主に代わりお話させていただきます。
まず、主は我が国の侯爵家の令嬢であり、今回の我が国の復興責任者であらせられます。
そして主曰く、そちらの茶色の髪のミスティの男性は番であると仰っています」
「迷惑ですね」
「ラ、ラルクさん?!もう少し穏便に!!」
悲痛な職員の声に一瞬困った表情になるが、やはりギンっとキツい目で女性と従者を睨んでから、おもむろに私の方を向いた。
「アリス、やっぱりちゃんと婚姻を結んでおいて良かったね」
「ほんとねぇ・・・」
ラルクは私の左手を取ると自分の左手も合わせて見せる。
「この通り、オレたちは結婚してるし新婚だ。
オレの最愛はこのアリスのみ、仮に番などと言うものがあったとしてもアリス以外認める気はない!迷惑だ・・・!」
「そ、そんな!!そんなハズはありません!」
ラルクの宣言に女性は取り乱すが、従者の方が何やら囁くと渋々頷いていた。一瞬ニタリと嗤ったように見えて、警戒から手に力が入る。ラルクも警戒しているようだった。
「主はあなたの気持ちを優先するとの事です。その代わり今回の責任者を降りることは許さないと」
その一言にラルクだけではなく、ギルド職員も、もう一人の冒険者も視線が険しくなる。冒険者は依頼を受け、または自らの自由意思で探索や攻略を行う。
もちろん国の一大事などには助力を乞うが、それを受けるかどうかは冒険者自身が自分の実力に見合うかちゃんと判断を行うのが当たり前で、権利だ。
「そちらにそのような事を決める権限はないと思いますが?
そもそもオレたちは国には縛られない。
大体支援を頼む立場の人間が図々しいと思うのですが?あなた方は助力を請いに来たんですよね?
職員の方、聞きたいのですが、冒険者の自由を奪おうとする依頼主など御免こうむるんですが、この場合どうなりますか?」
「そうですね、当ギルドとしても折角の縁は残念ですが、これが全てではないのでラルクさんたちだけでなく他の冒険者共々お断りになるかと。
もちろん本部を通して全冒険者ギルドに経緯の報告はさせて貰いますよ、責任転嫁なんてされちゃ敵わないんでご承知おきください」
散々な言われように女性は最初の可憐な雰囲気は吹っ飛び、視線だけで人を殺せそうな凄い顔をしていた。
「下賎な者たちが・・・!このワタシに不敬でしてよ!」
「左様でございますか、では仕方ありませんね。
交渉は決裂しましたので、ここから先はギルドや冒険者ではなく領主閣下にお任せしようと思います。冒険者のみなさまは折角のデリバリーなので立食に行ってください。食事代含め迷惑料として払っていただくので気にせず」
私とラルク、巻き込まれた戦士の冒険者はさっさと退室して他の冒険者たちに合流して情報交換をしつつ、残念だけど今回の話しは流れると思ってワイワイとしていた。
そこへ領主閣下から、東方への支援は領主閣下からの依頼へと変更され、先ほどの女性は責任者から外れることを条件にやはり東方へ赴いて欲しいと正式に依頼と謝罪がされた。
集まっていた冒険者たちはこの海都に多かれ少なかれお世話になっているので、閣下の依頼であればと受けることになった。
・・・・・・東方に着く前どころか、出発前から嵐の気配しかしないけど。
私たちは結局東方へと旅立つこととなった。
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