永い孤独の破り方

 おんなじものを食べよう。おんなじところで眠ろう。

 嫌だ。嫌だから嫌だ。

 悲しげな目が今でも思い出される。おんなじところで眠るくらいは、いいよって言ってあげてもよかったのにな。




 ふたりで暮らそう。シーちゃん、このままじゃ死んじゃうよ。

 レーコはクローゼットから飛び出したくなった。薫の言葉を今すぐ否定して、連れて行かないでと喚きたかった。

 でも、薫は人間で、史織の奇天烈な現状を知る由も無いのだから、そんなことをしたって仕方がない。それにきっと、薫が真相を知ることで一番傷つくのは史織なのだ。

 レーコはジッと丸まり、動かないように全身を強張らせた。

 シオリが断ればそれで済む話。たったそれだけ。

 レーコは自分に言い聞かせた。それっぽっちのことじゃないかと。



「それはムリ」

 史織は薫の言葉の意味もあんまり飲み込めないうちに無意識に返した。

「なんで」

 なんでだろう?史織は靄のかかった思考を探る。

 レーコちゃんがいるからだ。レーコちゃんがいることを、薫に言ってはいけないのだけど。

 昨晩考えていたはずの言い訳もとっ散らかった頭では思い出せない。

 薫は黙り込む史織を見てますます不安が膨らんでゆく。たった一人の家族が今、もしかしたら、想像以上に苦しい状況に置かれているのではないかと。

「このアパートじゃないと不便なことがあるの?仕事とか」

「なにも、なにもしてない。ない」

 史織の口が勝手に答える。

「でもここでの生活がいいから、お姉ちゃんは気にしないで。ここでいいよ」

 史織は自分の身体が完全に意識から離れてしまったのだと思った。自分の意識は今、その思考を巡らせるのみだ。

「……シーちゃん、こんな生活してたら死んじゃうよ。それに具合もすごく悪そうだし。ね、シーちゃん……絶対馬鹿にしたり怒ったりしないから、今シーちゃんがやってること全部教えてほしいな」

 今、神様と暮らしています。私は神様の眷族です。

 意識の中を暴れ回る言葉は、ほんの少しも音にならない。

 ああ、駄目だよ。おねえちゃん呼んじゃったら、駄目だったんだよ。おねえちゃん。おねえちゃんに会えて嬉しいな。おねえちゃんは優しいし、好きだよ。

 史織はようやく姉の面影に思い当たり、懐かしさと安堵と罪悪感で胸の内がジィンと震えて涙を流した。

「シーちゃん」

 お姉ちゃんの声だ。ああ、お姉ちゃんのこと、なんであんなに思い出せなかったんだろう。

 思い出さないで。思い出さないでほしい。

 どうして?どうしてそんなこと思うのだろう。

「シーちゃん、その手、どうしたの」

 史織が右手で顔を拭ったので、薫は痣に気が付いた。しまった、と思うが冷静に返す。

「やま、山で」

「山?山登りなんてしたの」

「うん。篠木山」

 確かそうだったはず。篠木山に登ってたんだ。そこにレーコちゃんが居たんだよね。どうして登ったのか、今となっては思い出せないけど。

「篠木山って……いや、怪我しちゃったんだね、うん。遭難しなくてよかった……」

 遭難したけど。余計な心配をかけることもないだろうと黙っておくことにした。

「今は痛まないの?」

「ん。全然。ちょっと感覚がないだけ」

 薫が不安げな顔をする。

 しばらく痣を撫でてから再び問うた。

「ね、なんで一緒に暮らしたくないの?」

 史織は答えを持っていない。

「一人でいたいの」

 また身体が勝手に答えた。本当は二人なのにな。史織は薫に申し訳なくて目を伏せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る