薄氷の夢を見ていた

 取るに足らない人間であれば、薄べったい氷砂糖のような日々を尊べば良い。



 ふたりはあの石があるところまで歩いていった。言葉は交わさない。

 石のあるところにたどり着いた時、びっしりとトゲの生えた萎れたナメクジのような存在が石室の隅で丸まっているのを見て、もうひとり忘れていたねと笑いあった。

 碇紗ちゃん。生贄にされてしまった、可哀相な、可哀相な子。

 でも、これからはずっと幸せだからね。

 ふたりは笑いながら石室へ収まった。蓋を引きずって、すっかりはめ込む。

 レーコと史織は額をくっつけ合う。

「おやすみ」

「おやすみ、良い夢を」

 どちらがどちらでも、どうでも良かった。暗闇が溶けて混ざり、石の部屋の内と外とを完全に切り離した。



「シオリ。図書館行く前にちゃんと本を見といてね」

 レーコが目玉焼きを焼きながら史織に声を掛ける。史織は返さなければいけない本を確認しながら、はぁいと緩い返事をする。

 その横では碇紗が忙しなくシャーペンを動かして、何か奇妙なイラストを描いていた。

「テイサちゃんは絵が上手だね。将来は画家かな?」

「ん、まあ……なれたら良いなって感じですけど……」

 碇紗は気恥ずかしそうに絵を裏返すと、ご飯よそってきます、と立ち上がった。

 温かいご飯に、目玉焼きに、パリパリのウィンナーが並んだ食卓に史織は目を輝かせる。

「いただきまーす。おいし〜!」

 いただきますと言いながら箸を動かした史織の食い意地に碇紗は呆れつつ笑う。

 レーコは自分の焼いた目玉焼きを嬉しそうに食べる史織に嬉しい気持ちでいっぱいになった。

 朝食を食べ終わった3人は図書館で好きな本を探すと、共同スペースで一緒に読み始めた。

 史織は宇宙に関する雑学の本。レーコは知らない作家のエッセイ。碇紗はダムの仕組みについての本をそれぞれ持ち寄っている。

 史織はしみじみ、穏やかな日常の幸福を噛み締めていた。レーコちゃんが居て、碇紗ちゃんが居て、毎日おいしいものを食べて、遊んで、たっぷり寝て……

 ……いつからこんな生活なのだろう?

『宇宙には端があるの?』

 史織はそっと手を目の前の空間に差しのべた。指先が何か知らないものに触れた瞬間に、レーコが史織の手に指を絡ませて、クスクスと笑う。

 馬鹿らしいことをした。史織は恥ずかしくなって、誤魔化すように笑い返した。

 そうあるものは、ただそうあるだけなのだ。

 図書館の外で、黄色いイチョウがくるくると舞った。鉛色の雲の隙間から金色の光が差し込んで、池の水面を鋭いガラス片のようにキラキラ輝かせた。

 レーコは、チカチカと瞬く照明に朧気な面影を見て、遠慮がちに呟いた。

「私はべつに、運命をのろってなんかいないよ」

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