上鳥院の末裔(3)
何でもしますから、堪忍してください。
人々は祈り、慈悲を乞う。
どうか怒りを鎮めてください。我々の土地を御守りください。
祈られた化け物ははなんと答えた?
すっかり人の血の色になった肥えた身体をくねらせて、祈りをひたすら聞くばかり。
勢いに押されるまま、碇紗が買い物についてくることを許してしまった。
「いくらでもなんでも、買いますから!」
史織は流石に子供に金は出させられないと断ったが、それでは碇紗は納得しないようだ。
「今日だけじゃないですよ。明日も、明々後日も、ずっとずーっとお二人のためにお金を出しますよ!同盟になるならですけど」
「じゃあ〜……無理かな〜」
レーコは黙りこくって史織の服の裾を掴んでいる。
「いえいえ、なにかしろとかそういう事じゃないんですよ。ただその、ちょーっと私達の知りたいことを教えていただけるような関係になりたいなーなんて……」
「うんまあ、分かんないけど契約はしたくないかな……怖いし……」
服屋に入店するなり碇紗は勧誘をやめた。店の中でうるさくしないくらいの常識があるんだ、と史織はわずかに碇紗を好ましく感じる。
「レーコちゃんってどんな服が好き?」
「好き嫌いはない。着やすいのが良いな」
「う、聞いといてなんだけど、全然服のこと知らないんだよね。何選べばいいんだろ……」
「それでは私が選びましょうか?」
予期せぬ介入に史織がビクリと跳ね上がる。やっぱり店内では勧誘無しというわけではないらしい、と史織はほんの少し落胆する。
「あ、これは別に、媚を売ってるとかじゃなくて……」
碇紗が裾のほつれている史織の服を軽くつまむ。
「ちゃんとした服、選べなさそうだなって」
「なんか思ってた三倍……かごに入れるんだね」
史織は服をひょいひょいとカゴに放り込んでいく碇紗に慄く。まさか無理やり金を出すために沢山入れてるんじゃないか、などと疑るが
「部屋着は少なくとも三着買ってください。二着だと乾くのが間に合わない可能性がありますよ。それにこれから暑くなる季節ですけどまだ寒い日は来るかもしれないので、アウターも……」
と早口で言いながら放り込むので口を挟めない。史織も服を毎日洗濯しなければならないことは理解しているし、服で体温調整する必要性は分かっている。
「下着類も……下着は4セット買いますよ。余分に持ってないと買いに行けないだとか言って穴が開いても使い続けるでしょう」
ずいぶん容赦のない子だな、と史織は感じたが、言われたことは全部事実なのでウンウン唸るように返事し続けるより他ない。レーコは一貫して黙っているが、碇紗への激しい警戒心は徐々に和らぎつつある。
「外着は一着でいいですね。その……」
碇紗は横目でレーコを窺う。
「ワンピースとか、どうですか?」
碇紗が暗い赤のワンピースを取り上げると、レーコがあからさまに顔を顰めた。それを見るなりサッと元の位置にワンピースを戻し、その隣にあった明るい青色のものを取り出す。
「……シオリが気に入るなら」
レーコが囁く。
「う、うん。良いと思うな。レーコちゃんに似合いそう」
「レーコ、レーコと言うんですね。お名前」
碇紗はワンピースもカゴにいれる。カゴから溢れんばかりの衣服を見て、史織は手持ちの現金では絶対に間に合わないことを悟った。そもそも家を出た直後のゴタゴタでATMに寄り忘れてしまったので、沢山買わなくても間に合わない可能性があったのだが。
二人にカゴを見てもらって、急いでATMのあるコンビニへ行くか?しかし……
「お金が足りないなら出すって言ってるじゃないですか」
服を選び終わったというのにレジへ向かおうとせず、さりとて他の商品を吟味しているわけでもない史織を、碇紗は無理やりレジに引っ張っていく。
「……レーコ様がその気になれば、あたしなんか無かったことにできるでしょ。なにが気になるんですか?」
史織はあまりにも平然と放たれた言葉が一瞬理解できず、ほぇ、と間抜けな声を出す。
「何?本当に分かってて来たの?しないけど」
「できるの?え、人を?」
史織が狼狽している間に碇紗はさっさと会計を済ませてしまっていた。
ああ、お金出してもらっちゃった。人を消せるの?でもレーコちゃんは良い子だよね。無くせるって殺すってこと?でも、殺されるかもしれないのにお金出す人なんて居ないよね。
同盟って、何?
「コンビニでご飯を買っていきませんか。込み入った話は、できればシオリさんの部屋でさせていただきたいと考えていまして」
碇紗は大量の服でパンパンの袋を提げて、史織のもとへ戻ってきた。史織はその重量を見て、覚悟を決めた。
聞くしかない。とりあえず、どんな奇天烈な事情であってもここまで来たら無かったことにはできないのだ。
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