啓示

 お出かけするから、キラキラした桜のヘアピンをつけた。僕はこれを拾ってからいっとう気に入っていて、気に入ってたからしまっておいたのだけど、使わなきゃ意味がないだろうと言われたので、そっと前髪に差し込んだ。



 レーコちゃんは私を責めないし、否定しないな。

 史織は、いそいそとシーツを洗濯機から取り出しているレーコを眺めて思う。

 レーコちゃんも、私が昨日言ったようなことを思っているのかな。

 もったりとした風にゆるく煽られるシーツをベランダの柵に掛けて、ヒビ割れた洗濯バサミでカチンカチンと挟んでいく少女の落とす影が、史織には異様に暗く感じる。

 レーコちゃんは私の抱える苦しみを全て受け入れてくれたのに、私は知ろうともしていない。

 レーコが振り返り、シオリ、と優しく呼ぶ。

 死ねないなら、永遠にこんな日が続いてしまえばいい。重たそうな雲が太陽を隠し、ゆったりとした風が吹き、誰も他には居ないみたいな。

 ……そういえば、昨晩は上浪さんが騒いでいない。

 そんなことに気がついた瞬間に玄関のチャイムが鳴る。

「勘弁してよ……」

 史織はすっかりチャイムの音に辟易していた。先日の老人ホームの件以降に何かが起きたのか?なんのために誰が来たのだろう。

 吐き気がする。

 ピンポ〜ン。

「私が出る」

 そう言って玄関へ向かうレーコを、史織はちょっと待ってと引き止めた。

「ドアスコープ見てからがいいよ。レーコちゃんの身長じゃ届かないでしょ?」

 レーコは頷いて、史織に任せる。

 史織はドアに掛けたチェーンがしっかりと嵌まっているか確認しつつ、ドアスコープを覗いた。

 黒い服を身に纏った黄色い髪の人と、オリーブ色の服を着た白髪の小さい人が並んでいる。歪んだ視界からは詳細までは分からないが、間違いなく知らない人達だ。

 居留守を決め込むか。そう思った矢先にまたチャイムを鳴らされた。

「開けちゃ駄目」

 レーコが囁く。

 史織はガチャンと鍵を開け、チェーンを外す。

「あれ?」

 自分のした行動ががよくわからず、史織は素っ頓狂な声を上げた。

 レーコが顔を青くし、急いで鍵を掛けようとした瞬間、史織はドアを開けた。

「……どなたですか?」

 自分は何をしている?史織は長身の男と、その横にいる子供の顔を交互に見た。

 長身の男が口を開く。

「その、そいつの同胞」


 帰って!関わらないでよ!

 わざわざ来てくれたハラカラを追い返すこともないだろう。

 あんたなんかいらない!

 要ると分かったから来たんだ。

 レーコと男が玄関で言い争いをしている傍らで、史織は萎縮して目を忙しなくキョロキョロしていた。

「あの…」

 史織が恐る恐る声をあげると、言い争っていた二人は黙り、同時に史織へと視線を向ける。

「……要件を話していただけると……」

 帰れ、とは言えない。外は曇っているから、聞かれてもいいことならファミレスかどこかで話そうと切り出すつもりだった。

「オレが来たのはお前らが先延ばしにしている問題に口を出すためだ。この地域一帯の問題でもある……老人ホームの事件は知ってるだろ?」

「だから、なに。この地域とあんたになんの関係があるの」

 レーコが怒気を込めて返す言葉を男はまるで意に介さない。

「オレとしてはどうでもいいんだよ。だがお前らにはもはや手に余る問題になっているということだ。お前が目覚め、ここに来てからというものこの土地の人間たちの精神は蝕まれている……」

「あんたのせいでしょ」

「違うな」

「違うはずない!あんた以外誰が……」

「お前だろ」

 レーコは絶句した。史織は不可解に思いながら、なんとか反論しようとするも、男が次の言葉を継ぐのが早かった。

「自分が神様だって分かってんだろ〜?何度も警告はしてたぜ。そんなのにも気がつけない馬鹿なお前に最後の助け舟を出してやってるんだ」

 レーコは下唇を噛み、ますます激しく睨みつけるが、すぐに観念したように視線を床に落とす。

「ま、相応の振る舞いもできず町一つ滅ぼしたってオレは構わない」

 史織は二人を部屋に上げた。ともかく、外ではできない話だと思ったのだ。

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