憂鬱な部屋
それは生を餌に人々を誑かした。
乾いた土を潤して、降りすぎた雨を堰き止めた。
水面を埋め尽くす人の群れ。にも関わらずそれはいつでも腹を空かせていた。
史織はいつ放り出したかも分からないペットボトルや積み重なった空の段ボールをせっせと纏めていた。
少女……レーコと呼ぶことになった神か妖らしき者と共に住むことになったからだ。
不死になっただとかの問題はこの際置いておくことにした。とにかく、200年後も生きているかなど今はどうでもよく、少女とこれから過ごす部屋の状態のほうをなんとかしなければ、と史織は考えた。
フローリングの部屋の隅は埃まみれ。風呂はカビだらけ。キッチンはぬめぬめの皿が重なり嫌な臭いを発している。
「人の住むような部屋じゃないよ」
部屋を片付けたお陰で開くようになったクローゼットから出てきたシャツを着たレーコが、憐れむような、軽蔑するような顔で部屋を眺める。
「だ、大丈夫。これからはレーコちゃんと一緒に住むんだし、ちゃんと掃除するよ」
「私と住むからじゃなくて……元から自分の住む部屋でしょ?」
「私は汚い部屋でも気になんなくって」
レーコはため息をつき、悪臭の一因となっているキッチンをどうにかするために皿を洗おうとしたが、洗剤がないことに気がついて唸った。
「掃除する道具すらない!」
「ごめんね……というか現代に詳しいねぇ」
「ずっと石の下にいたけど、人の生活は見てたから。夢とか……意識を介して」
疑問は増えたが、史織は深く考えないことにした。きっと謎は際限なく増えるし、突き詰めれば理解不可能な領域に行き着くことを察したのだ。
「スーパーいこう。元気な時に買いに行かないとね」
段ボールをひととおり紐でまとめると、枕元に転がっていた財布をとりあげて残金を数える。
「うん、まあ洗剤は買えそう。行こ」
史織は玄関をあけると、あ、と素っ頓狂な声を上げた。
「レーコちゃんは日光、大丈夫……?」
「……直射日光は駄目、かも」
廊下の小さい窓から見える空には、ギランギランの太陽が浮かび、抜けるような青空が広がっている。
これは無理そうだ。
「……ごめんなさい」
レーコがまた顔を曇らせる。史織は慌てて、ネットで買えばいいよと言い、玄関を閉めた。
「買わなきゃいけないのは洗剤だけじゃなかったし、布団とかもいるし」
史織はレーコと一緒に残りのペットボトルを回収し、埃を掃いて、何となく人の住むような部屋に戻してから枕元でコードに繋ぎっぱなしのノートパソコンを開いた。何かを買うためにショッピングサイトを開くのは久しぶりだと史織はぼんやり考える。
レーコは史織の様子を伺いながらも濡らしたティッシュで床のベトベトしたところをこすって綺麗にしはじめた。
不安げな視線を感じながら、史織はサイトを開いて敷布団と検索し、上の方に出てきた安いものをカートに入れる。洗剤も同様に、食器用と風呂用と洗濯用で安いものを適当に入れる。
「レーコちゃんは何を食べるの?」
レーコはティッシュを袋に放り、顔を上げ
「食べない」
と答えたので史織は注文を確定した。
服は曇りの日が来たらでいい。晴れの日は部屋で掃除をしていればいい。
史織がパソコンを閉じようとした時、新着メールの通知に気がついた。
『電波妨害方法について』
迷惑メールか、と史織は気にも留めなかった。
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