少女神性

 手を引かれていた。強く握るから、ギリギリと骨が音を立てた。それには骨がないから、気にもとめなかったのかもしれない。

 それには足がなかった……いや、あったのだ。でもそれは……



 温かい布団で目を覚ます。嫌な……奇妙な夢を見たな、とぼんやり天井を眺める。

「お、おはよ?ぐあい、わるい?」

 やけにはっきりと少女の声が聞こえる。んーんーと呻くように返事をして起き上がり、少女の姿を目に捉えた。

「……え」

 夢じゃない!

 史織は愕然として掌に視線を落とす。赤黒い痣。

「なにこれ!?」

 少女は困ったような声を上げて、呆けている史織を肩を叩く。

「これ……私との契約。契約の代償」

「契約……あ!」

 山で話したこと。生きるためならなんだってするかと問われたことを思い出す。

「あれが……」

「そう。あなたは私の眷属になった。生きられる代わりに、私から離れることはできない」

「……ケンゾク」

 頭が言葉をしっかりと処理できない。眼の前のことだって現実だと思えていない史織の思考は、与えられた情報をいつまでも咀嚼している。

「ごめんなさい。これしかなかった。私の眷属にしなきゃ力を注げなかったの」

 少女が喋っている間、史織はその女の子が布一枚も身につけていない事に気がついて、慌ててタオルケットを布団から引っ張り出し、少女の肩に掛けた。取り敢えず解決しやすい問題に取り掛かったことで、史織の意識も少しずつ現実味を帯びる。

「えーと、じゃあ私は山で死にかけて、そこを君の眷属になって、なんか不思議な力で生きて帰ってこれた…と」

「そう、そうそう!うん、それでいい。それで大丈夫」

 史織はよくわからないなりに、ありのままの現象を飲み込むことにした。眼の前に少女がいて、右手には痣がある。

「私は、契約であなたのことを全部わかってる……シオリ。合ってるよね?」

「うんうんあってる。へぇ〜凄いこともあるものだね」

 もう少しまともな布……できれば衣服……はないかと、少女から目を離さないように手でそのへんを弄ると、中身のほとんどないペットボトルがポコンと音を立てて倒れた。

「ところで君の名前……えーと、名前というか、なんと呼べば?」

「……わかんない」

 史織は思いがけない返答に面食らう。

「名前は……ある。でも教えられない。呼べる名前が……ない」

「そっかぁ。でもここじゃ私と君しか居ないし、君って呼ぶかなぁ」

 史織のヘラヘラとした態度に少女は少しだけほっとした様子を見せた。

「で、でも、人間が呼ぶ無害な名前……どこかの国だと『おおにゃれぇこわ』って」

「じゃ、レーコちゃんとか?」

 少女の顔がパッと明るくなる。

「レーコ!うん、そう呼んで!」

 マジか……適当にいったのにと史織は申し訳ない気持ちになったが、適当でも気に入ってくれたならいいだろう、と考え直した。

「それで……眷属って何かしなきゃいけないの?」

「別に。でも、私から長い時間離れると意識がなくなっちゃう」

「へー……え!?物理的にってこと?」

「うん。どれくらいの距離と期間、離れたらマズイのかわかんないけど。多分、1日は持たない……半日…もしかしたら1時間も保たないかもしれない」

「えぇ〜……」

 史織は再び衝撃的な情報を流し込まれたが、今度はしっかりと理解できた。学業も仕事も何も無い史織にとって、少女とずっと側にいることは不可能なことではない。だからといって問題ないと言い切れるものでもない。

「あと、60年くらい経つと、日光も浴びれなくなっちゃう。身体が崩れるから」

「60年?身体が崩れる?」

 まあ、それくらいなら問題ないか。60年後には死んでそうだし……と史織は呟く。

「死ねないよ」

 少女はあっけらかんとそう言い放った。

 史織は目を見開いて、なぜ、と掠れた声を出す。

「寿命がなくなる。身体が壊れても魂は固定される」

 少女は史織の反応をよそに淡々と続ける。

「隷属の対価が永遠の生。生きることを代償に、シオリは死ねなくなったの」


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