少女餌食

 てるてる坊主てる坊主

 甘いお酒をたんと飲ましょ

 金の鈴まであげたなら

 首をちょん切り雨降らせ



 家に帰れなければ生きていけない……それはそうかもしれない。

「じゃあ、お家に頼らないといけない歳なら、学校とか、ほら、公的機関は頼れないのかな。中学生だったら……」

「14ですけど学校には行ってません。頼るも何も、上鳥院家になんの不満もないですし」

 史織は自分の知っている数少ない提案を全てへし折られ、黙ってしまった。それに気がついたレーコが口を開く。

「不満はないって……あなた生贄にされてるんだよ」

「はい。存じています。あたしは家の役に立ちたいんです。お願いします」

 史織は背骨が冷たくなるのを感じた。そして、理不尽な怒り……義憤とは呼べないが、強いて表現するならそうとしか言えないような苛立ちがふつふつと湧いてくる。なぜそんな感情が湧いてくるのかを史織自身も理解ができない。

「もし今ここであたしを殺しても上鳥院の者が処理するので平気です。あ、でも契約もしないとか。その、あたしの今後はお気になさらず」

 レーコは碇紗の首に手をかける。

「本当に?本当に死んでもいいなんて思えるの」

 徐々にその手に力を込める。喉仏の下の柔い部分に親指を沈み込ませると、碇紗は僅かに目を細めたが、特に抵抗する気配もない。

 レーコが碇紗の首を絞めている時間が、史織にはずいぶんと長く思えた。もしこのままレーコちゃんがテイサちゃんを絞め殺してしまったら……と考えもしたが、不思議なことに、絶対そうはならないと感じていた。それか、死んでも構わないと思ってしまったのか。

 数時間か、数十秒かの後にレーコが手を離すと、碇紗は思い切り咳き込み、ゼェゼェと低く喉を鳴らして浅い呼吸をした。

 頬が紅潮し、目には涙が滲んでいる。

「ほんとに、ほんとに良いんだね。本当に家のために死んでも良いんだ。くだらない。馬鹿じゃないの」

 レーコは冷淡にそう吐き捨てる。

「あなたの家はね、誰かを殺さなきゃいけない局面に立たされた時点で終わってたの。上鳥院の人間が無限にいるわけじゃない。利用価値だって大して無い。食い尽くしたら約束を反故にしてポイ。少なくともあなた達が縋っているのはそういう手合い」

「それでも……」

 碇紗は青ざめた顔で口をパクパク動かす。反論したいが、眼の前にいる存在を納得しうる言葉をなんとか紡ごうとしているようだ。

「……これしかないなら、縋るしかないじゃないですか。神様には、わ、わからないんでしょう。神様にはくだらないんでしょうけど……そんなの百も承知で、あたしは上鳥院の人間としての誇りがあり、それを捨てるなら死んだほうがマシだと思っているんです。ねえ、わかりませんか?シオリさんにも、手放すくらいなら死んだほうがマシだと思うくらい、大切なものがあるでしょう?」

「わ、私!?」

 史織は突然話を投げられ、かなり当惑する。レーコも隣で肩を強ばらせた。

 死んだほうがマシだと思うくらい?つまり、命より大切なものが?

「ない。私には、無い……命がなきゃ大切にもできないと……思う」

 碇紗は目を見開き、レーコは少し安心したように力を抜く。史織は続ける。

「で、でも、人には命より大切なものができるってことも、理解できる。プライドでも、家族でも……それはね、すごく尊いことだよ……」

「じゃああたしのことも」

 碇紗が前のめりになったが、レーコが片手で遮って元の体勢に戻させた。

「……でもね、これを言ったらきっと嫌な気持ちになるだろうなって思うけど、言うね。子供が親とか家族のために命を使うのは、私には残酷で汚いことだと思う」



 碇紗はショックを受けたように数秒固まると、黙って部屋から出ていってしまった。史織は引き留めようとしたが自分の言葉の責任である以上、何も言えずに見届けた。

「家に帰れないって言ってたけど、どこに行くつもりなんだろう」

 レーコもまた、引き留めたら契約を迫られると思い黙っていたが、史織のその言葉を聞くやいなや立ち上がり、追いかけようと言った。

 マンションを出て、正面の道の曲がり角で碇紗の青いリボンがひらめくのを見て取ると、今までのどんな時よりも速く走った。曲がった先は直線の道のはずだから、なんとか捕まえられるはずだ……曲がり角まで行くと、完全に碇紗を見失ったことに気がついた。

 分かれ道のない真っ直ぐな道だったのは間違いなかった。じゃあどうやって?

「家の人がここで待ってたのかもしれない。それで魔術的な手段でテレポートしたのかも」

「家に帰れないって言ってたのに……大丈夫かな」

「……上鳥院は不必要に手を下さない性格だから、多分、怒られるくらいだと思う……これでアイツとの契約も破棄になればいいけどね」

 それはいささか希望的観測だろうと、レーコは自覚していたが、史織には言わなかった。それに、少なくとも隷属よりも悪い結末にはならないことを確信していたのだ。

「ところでアイツって何?レーコちゃんの知り合いのかた?」

「……名前は言いたくない。でも、狡猾で傲慢で、稚拙で、常に飢えている肥えた神」

 史織は突然頭が割れるように痛くなり蹲った。気苦労か?碇紗も見失い、外にいる意味もないので、さっさと部屋へ引き上げた。



 ……いいんですか。

 ……いいんだよこんなもの。

 2つの影が規則的に動いている。

 ……本当に麻酔が効いてるんですか。

 ……効いてなくても気にすんな。

 音もなく、皮膚を剥いで、脂肪を切っている。白髪の子供は、気味悪そうに眼球のまわりにメスを入れた。

 ……うわぁ、やだなぁ。こんなのを皮膚に包んでるって、気色が悪いですよ。

 ……生き物なんてそんなもんだ。

 切り取られた部分を埋めるように、ぶよぶよとしたものを注入する。

 ……なんか、約束を破ってるっぽいですけど、良いんですかね。

 ……良いんだよ。契約の主導権は常に強い方にあるんだぜ?

 一通りの作業を終えて、二人は行為を一旦終了した。 

 ……この長いリボンで、どうやって髪を結ぶんですかね〜

 ……慣れればできるんだろ。まあお前に青は似合わなそうだけどな。

 ……ウ~ン、ちょっと練習していいですか。

 二人の子供が髪を弄り合いながら、楽しげに笑った。

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