第20話 忍び寄るバグの影

「ありがとう茂手くん。おかげで勉強がすごくはかどったわ。正直、先生よりもわかりやすかったと思う」


「ははっ、どういたしまして。お役に立てたようで何より」


 彼女の勉強が終わり図書館を出た俺はチラリと空をあおいだ。

 入るときはまだ東の空でかがやいていた太陽が、今は俺の上で輝きを放っている。


 もうすぐ12時――正午だ。

 戦いの舞台は第3ステージへと移行しようとしている。


 第1、第2ステージでの結果は上々だ。

 困っている彼女を颯爽さっそうと助けたヒーロー的な出会いイベント、

 そして図書館での初々しい青春イベントを経て、


 ただのクラスメイトから気になる人へと、彼女の中で徐々じょじょに俺の存在が大きくなりつつあることだろう。


 その証拠に数時間前はどこか余所余所よそよそしい雰囲気ふんいきだった俺たちだが、今はもうそんなことはなくなっている。


 やろうと思えば恋人つなぎどころか、腕を組むことだってできそうな距離感きょりかんだ。

 確実に俺と彼女の距離はちぢまっている。


 ここまで来たらあと一歩だ。

 気になる人から好きな人へと次で変えてみせる。


 ――キーンコーン

    ――カーンコーン


 正午のかねが鳴った。


『来る!』


 決戦の舞台は第3ズテージに移り変わった。

 さあ、いつでも来い。心の準備はすでに完了している。


 好きな人に食事にさそわれるという、うれしさが顔に出てしまいそうなシチュエーションだが、すずしい顔で受け流してデート続行してやるぜ。


 そして、彼女との関係を絶対的なものにして、幸せな未来を取り戻してやる!


 俺は彼女からの誘いを今か今かと待ち続けた。

 相手がいつ来るのかタイミングを見極めようとするこの様は、どこか西部劇の決闘けっとうに似ている。


『太陽、そろそろだよ。心の準備は良い?』

『当たり前だ。とっくにできてる』


『グッド……あと数秒で彼女が一歩出る。振り向いて食事に誘ってくるから、何食わぬ顔でそれに乗るんだ。変に色気を出さないでよ? あくまで自然にやるんだ。彼女に『興味きょうみを持って欲しい』『もう少し一緒にいたい』と思わせることが大事なんだ。恋の駆け引きは、時には一歩引いた位置から行うべき時もあるんだ』


『わかってるっての!』


 マンガや専門書で読んだから知ってるわ!

 こういう時は、好意を顔に出したらその時点で相手の興味を引きにくくなる。


 人間という生き物は、自分にないものを欲しがる存在だ。

 あくまで、彼女に「振り向かせて見せる」「興味を引いて見せる」と、思わせることがここのポイントだ。


「好き」にいたるのは今じゃない。

 今日のラスト、別れ際がベストなのだ。


 これは、そのための布石ふせきの一つ。

 クライマックスでこの恋を完成させるためにも、絶対に失敗するわけにはいかない。


 ――タンッ。

 ――来た。シナリオが動いた。


 俺のすぐ横を歩いていた八舞さんが、一歩前に飛び出した。

 かわいらしさを強調するようなワンステップで俺の前に出ると、キズナの言った通り振り向いた。


 その笑顔の眩しさに、思わず俺はれ直してしまいそうになるが、懸命けんめいに無表情にてっする。


 彼女の微笑ほほえみは、ひそかに想い続けた俺にとっては正に爆弾級――微笑みの爆弾だった。


 しかし、そんな爆弾も、来るとわかっていれば対処はできる。

 心の準備ができていた俺にとって、無表情を貫くことなどそう難しいことじゃない。


 そう――、、

 シナリオ通りならば。


「茂手くん、今日はありがとう。それじゃあまたね」


 予想外に出てきた言葉が、俺の心を粉々に崩した。

 無表情をつらぬけたどうかは、今の俺にはわからなかった。


 ……

 …………

 ………………


『……どういうこと!? ここまで順調に好感度は上がっている! なのに何で!?』


『それはこっちが聞きてえよ! Wish Starは、俺たち人間の運命を直接書きえる代物しろものじゃなかったのか!? ここでさよならなんて俺は書いてないぞ!?』


『わかってる! ボクだって送信する瞬間その場にいた! 何で!? 何でこうなってるの!? 何で好感度が最大値までいってるのに、確定しているはずの運命と違う結果が出るの!? こんなこと……このシステムが導入されてから今まで一度だってなかったのに!?』


『マジかよ!? これが最初のケースだっていうのか!?』


 太陽は一見平然とした顔をしているが、心の中はこの有様ありさまだった。


 確定しているはずの事象イベントが発生せずここで終了……ある意味一撃必殺の即死攻撃が飛んできたのだ。


 表情に出さないだけで大したものだと思う。


原因げんいんは!? 書き換えた運命が変わった原因はわからないのか!?』

『今探しているけど、わからない。何でこうなっちゃったの!?』


『クソッ! どうする……俺はどうすればいいんだ? このまま彼女を帰したら後が続かない。俺の運命を、幸せを……取り戻せないじゃないか……っ!』


『まだ諦めないで! 確かに原因はわからない。どこがどうなってこうなったのか見当もつかない。だったらボクが全部調べる! 始めから終わりまで、あますところなく! だから……だからとにかく時間をかせいで! 20分……いや、10分でいいから! とにかく彼女と別れないで!』


『わかった! たのんだぜキズナ! お前だけが頼りだ! 原因を見つけてくれると俺は信じているからな!』


 心の中でそうねんじ、太陽は時間稼ぎの作戦に打って出た。


「送るよ、八舞さん。さっきの奴等がまたからんできてもいけないし」


 上手い――すでに役割を終えたキャストを引き合いに出し、自然な形で彼女と一緒にいる時間を作った。


 あの二人組は、この戦いでの役割が終了した時点で舞台から退場している。

 心配などしなくても、もう彼女を狙うようなことはしないのだが彼女がそれを知るはずもない。


「じゃあ、お願いするわね。茂手くん」


 真奈はこころよく太陽の申し出を受ける。

 何とか首の皮一枚はつながった。


 だが大ピンチな状況には変わりない。

 RPGで例えるなら、HPゲージがレッドゾーンに突入しているようなものである。


 それに今の一手はあくまで時間稼ぎ。

 彼女の帰宅を止めるようなものではない。


 このまま状況に流され続けてしまえば、自分たちの敗北で戦いが終了してしまう。

 それだけは絶対に避けなければならない。


 Wish Starによるチャンスは一回。

 この機会をのがしてしまったら、太陽は二度と彼女と結ばれることはなくなってしまう。


 片想いは実らず、バグも残ったまま。

 失恋という苦い記憶だけが残ってしまう結果となる。


 恋を取り扱う天使がついていながらそんなことにはさせたくない。

 キズナはつとめて冷静に分析ぶんせきを開始した。


「まずは、ここ数時間の二人のデータを表示」


 ・対象者A 茂手太陽 備考=特になし

 ・対象者B 八舞真奈 備考=勉強道具一式を所持


 以下、本日のスケジュール。

 期間は午前10時~午後5時。 


 午前10時=駅前で男に絡まれている対象者Bを対象者Aが助ける。

      その後、勉強の話題になり二人で図書館へ。


 午前11時=勉強中。対象者Bの質問に的確に答える対象者A。

      さりげなく難しい本を読んでいることをアピールし好感度を上げる。


 キズナは運命を視認する。

 すでに過ぎ去った、ここ数時間の記録きろくを確認するが見ての通りだ。


 変わったところは見当たらない。

 では未来は?


「次、未来のデータを表示」


 過去ではなく未来へとデータ表示を切り替える。


「何……これ……!?」


 未来のデータを閲覧した瞬間、キズナは言葉を失った。


 午後0時 =便X…了。○象者Bps強のお………誌で殺り亜△ftオシャ〇NO2kl。        

 午後1時 =N死10ルカ。wpぉぉぉふんrq9もぐああえいいいぃぇ。


 午後2時 =…Iivbb えtvjxs,a1ぽあぶ4nnくぅぅうぇ。

 午後3時 =ふおCろqなmw5おおんqmぁyrwばゃえCP。


 午後4時 =くぉるE……あああぁぁぁう()あえwq貌なn0tyfMM。

 午後5時 =い…あ…Bおあt。ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ。


 入力したはずの運命がバグっていた。

 運命が2人に牙をく。





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 《あとがき》

 途中で視点変更。

 とうとう雲行きが本格的に怪しくなってきましたね。


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