第15話 動き出した恋のシナリオ

 4月29日、午前9時53分、駅へと続く大通り沿いを歩いている。


 日本の交通ルールに則り右側通行。

 スマホから流れる音楽で集中力を高め、決戦の時を待ちかまえている。


 すでに、俺の戦闘意欲いよくは十分に高まっている。

 絶望的な未来をドロップキックでぶっとばしてやる所存しょぞんだ。


『太陽、今9時55分になった。あと5分で最初のイベントがスタートだけど、心の準備はできてる?』

『当たり前だろ』


『そう、なら少し急いだほうがいいかも。アカシックレコードを参照さんしょうしたところ、ターゲットの彼女はもう駅のバスターミナルにいる。図書館に行く前に少しぶらつこうと考えているみたい。図書館イベントは11時だから、それまでに彼女を捕捉ほそくしてイベントをこなしておくこと。好感度を上げないと次につながらないぞ』


 彼女が駅からはなれる前に捕捉することをボクはすすめる――とキズナ。


『ああ、わかった。ダッシュで駅まで急ぐ』

『いや、ダッシュは止めたほうがいい。今日は春なのに気温が25度もあって結構熱い。下手に汗をかいて好感度上昇のさまたげになったら目も当てられないよ。早歩きでよろしく』


『了解だ』


 キズナの助言じょげんしたがおう。

 決して急がず、慌てず、だけど急いで目的地へと向かう俺。

 交差点の信号が青になった。


『うん、いいペース。この調子で歩き続けて。彼女の現在地だけど、まだ駅周辺に……あ、たった今情報が更新されたよ。寄り道する場所を決めたっぽい』


『その場所は?』

『〈モンドール〉ってわかる? 学校の女の子の間で人気のケーキ屋さんみたいなんだけど』


 それならわかる。

 この辺りに住む人間ならば、一度は誰でも行ったことがあるだろうケーキ屋だ。


 俺も小学校の頃誕生日に、ここの名物ケーキである動物ケーキ、(タヌキとワニをしたチョコレートケーキ)をよくねだったものだ。


 ちなみに俺はワニ派。

 身の中にまったカスタードクリームと生クリームが、チョコとシュー生地きじからみ合って絶妙に美味いんだよな。

 コーヒー生地のタヌキも捨てがたいが。


『大丈夫だ。そこなら俺も知っている。距離きょり的には駅より近いから、捕捉までの所要しょよう時間を少しけずれる』


 駅へと続く道を右へ折れる。ここを曲がった方が近いのだ。


 裏のすずしい日陰ひかげの道を歩いてモンドールへ到着とうちゃく

 久しぶりに見るメルヘンチックかつカラフルな屋根やねなつかかしい。


 そんな感傷にひたりつつ、スマホで時刻を確認すると――9時59分50秒。

 イベント開始であと10秒じゃねえか。

 危ねえ!


 あと10秒、そう、あと10秒だ。

 あと10秒で絶望的な俺の未来を変えるための、運命的なラブコメが開始される。

 幸せを取り戻すための壮大そうだい叙事詩じょじしが始まるのだ。


 この間5秒、あと半分だ。

 年末恒例こうれいのカウントダウンよろしく数でも数えよう。


 ――5、4、3、2、1、


 ゼロ。


「………………?」


 何も起こらない。

 ああ、そうか。10時ジャストにイベントが発生するわけじゃないのか。


 そういえば俺が送信したシナリオには、分や秒までの指定はしていなかったな、うん。

 となるとこの場合、10時台に発生するというふうに捕らえていいんだろうな。


 10時ジャストに発生するかもしれないし、しないかもしれない。

 何か肩透かたすかしを食らってみたいだなあ。ははっ。


『太陽!』

『うあっとぉ!?』


 頭の中に、耳元で怒鳴どなられたような大声が聞こえてキーンとなる。

 俺は頭をかかえてうずくまった。


『あ……頭が割れるかと思った……』

『何やってるのさ! 店の近くにいるならわかるけど、店の前にいてどうするの! 早くどこかにかくれて! 彼女に見つかる前に!』


『え!?』

『固まってないで早く! からまれる前に出会ったら、その後のイベントは全部白紙状態になっちゃう!』


『何だって!? おい、もうちょいそこんとこくわしく――』


『いいから早く! もう彼女は50メートル先の角まで来てるよ! 辺りにやられ役の姿は見えないからまだ出会っちゃダメだ! イベントは進行してても、フラグが立つキーイベントの発生はまだもう少し先! ここでで会ったらそのフラグが折れる! 早く!』


 うずくまっているひまはなさそうだ。

 俺は即座そくざに立ち上がると来た道を全速力で戻り身を隠した。


 俺が隠れると同時に、この状況をモニタリングしているキズナから連絡れんらくが入る。


『来た! 今角を曲がった! 店に入ったよ!』


 ギリギリだったが間に合ったらしい。

 どうやら最初のイベントでつまずくようなことにはならなかったようだ。

 良かった……本当に良かった。


 安堵あんどし、全身から力が抜ける。

 あまりにあせったせいか呼吸がうまくできない。

 深呼吸をしよう。


 しばらくして、彼女が店の中から出てきた。

 手には何も持っていない。


 彼女に限って店に入って手ぶらで出てくるというのは考えにくい。

 ここはケーキ屋であってコンビニではない。

 確実にイートインコーナーを利用したのだろう。


 だとすると俺は随分と長い間深呼吸をしていたということになる。

 スマホを取り出し時刻を確認すると10時17分。


 どうやら俺は15分以上も深呼吸を続けていたようだ。

 どれだけあせっていたんだよ俺。


 図書館を目指し、来た道を戻る彼女の姿が消えたのを確認すると、俺は早速さっそく尾行に移った。

 着かず離れずの距離きょりたもち続ける。


『なあ、キズナ。ふと思ったんだけどさ』

『うん?』


『これストーカーじゃね?』

『……太陽』


『おう』

『そこは深く考えずに行こう。幸せになりたいんでしょ?』


 なりたいです。あんな未来は嫌です。

 しかし、自分の幸せを盾にしてつけまわすのって、やっぱりこれストーカー……いや、キズナの言う通り、深く考えないようにしよう。


 俺の精神面の健康のためにも。 


『彼女の前から背の高い二人組の男が来た。格好かっこうからして太陽と同年代だね。多分、やられ役とみて間違いない』

『……ああ、こちらでも確認した』


 かべを背にして様子を見ながら、俺は運命のゴングがひびくのを待った。





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 《あとがき》

紛れもないストーカー……いや、深くは考えないでおこう。


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