第16話 計画通り
彼女の前方50メートルくらいの位置を、ギャル男っぽい2人組が近づいている。
『太陽、彼女の運命係数が大きく揺れ動いていることを確認。始まるよ! 準備は良い!?』
『当たり前だ! もう覚悟はできてる。やってやるさ!』
――ジジッ……
気のせいか、一瞬世界が灰色になり、ノイズが走ったかのように見えた。
それとも、消されたくないというバグの抵抗の表れなのだろうか?
まあ、何にせよ、俺は俺のやるべきことをするだけだ。
幸せをこの手に取り戻すために。
犯人を尾行する刑事よろしく、俺は
八舞さんと2人組は
もうあと数歩歩けば、お互いの顔が確認できるくらいの
しかしまだ2人組は動き出さない。
(まだか……?)
もうお互いの距離は10メートル以下。
この距離なら明らかに顔が確認できるはずだ。
なのにまだ何のアクションも発生していない。
(まだか……まだなのかよ!?)
ここに
そうしている間にもさらに距離は
(まだなのか……!)
『
オンにはしていないはずなのに、キズナからの忠告が来た。
『落ち着いて。まずは深呼吸。……うん、そう。もう運命の
――疾きこと風の如し
――静かなること林の如し
――侵略すること火の如し
――動かざること山のごとし
誰もが知る戦国時代の名将、武田信玄の言葉だ。
どうやらあの
今は守るべき時、ことが起こるそのときまで林のように静かに、山のようにどっしりと構え心の準備をしておこう。
そして起こったら風のように
そうキズナは言いたいんだろうな。
そうだ、もう起こることは確定している。
焦ることはない。
落ち着きを取り戻す間に、両者の距離は1メートルを切っていた、
そして――すれ違う。
『二人組の足が止まったぞ!』
『始まった! 行って、太陽!』
時は来た。
俺は心のエンジンに火を入れる。
風のように疾く、火のように激しく、
このイベントを攻略する!
……
…………
………………
4月29日午前10時8分、老舗のケーキ屋〈モンドール〉から出てきた八舞真奈の横を同年代の男2人組が通りすぎる。
通りすぎるその瞬間まで、二人は最近観たテレビ、映画の話、ファッションなどの取りとめのない会話をしていたが、すれ違う瞬間会話が止んだ。
2人はすれ違った真奈を目で追う。
彼女はとても目を引く
正常な男なら振り返るのも無理はない。
男はもう1人の男を
まるで、何かに
対して真奈は歩き、当然のことながらすぐに追いつかれてしまう。
2人の男は彼女を中心に二手に別れ、回り込んで立ちふさがった。
「あの、すいません。前に進めないんですけど?」
真奈はやんわりと、
彼女の言葉は耳にも、そして心にも
「すいません。前に進めないのでどいてもらえますか?」
再度、同じことを
だが、やはり2人組はニヤニヤと笑っているだけでその場から離れようとはしなかった。
真奈は「言っても無駄ね」と、この手のことに
図書館に
少し遠回りになるが別の道を行けばいいだけのこと。
しかし再び2人組が回り込み進行方向を
「何のつもりですか?」
「何のつもりって、ねえ?」
「俺たちただ道を聞こうとしているだけなんだけどなあ?」
「道を聞きたいですって? さっきまでの
少し彼女の声が
怒っているのだろうが丁寧語を崩していない。
育ちのよさと
「大体道を聞きたいのなら、私なんかよりも近所のお店とかで道を聞いたほうがいいのでは?」
「いやあ、だって店はさあ」
「入ったら何か買わないと悪いじゃん? それに俺たちは君に聞きたいんだけどなあ」
「そうそう。できれば直接道案内なんかされたいなーって思ってるんだけど」
「あいにく急いでいますのでそんな時間はありません。他をあたってください。失礼します」
真奈は話を打ち切りその場から逃げ出した……が、できなかった。
2人組はなおもしつこく食い下がり、真奈の行く手を塞ぎ続ける。
2人の
完全にその場に固定され身動きが取れない状態になっている。
彼女は目線で誰かに助けを求めようとしているが、この辺りは裏道だ。
通行人は少なく、いても目をあわせようとしない。
わずかな通行人は皆関わり合いになりたくないとばかりに、3人をいないものとして通り過ぎていった。……▼
………………
…………
……
彼女が動けない。
敵役の2人組は八舞さんを
他の通行人は皆助けようとはせず、誰もが視線を反らして通りすぎていく。
『太陽、次のアクションで彼女は完全に追いつめられる。2人組は完全に勝利を確信して、彼女以外見ない。ボクが言ってる意味……わかるよね?』
『ああ、もちろんだ』
それがスタートの
一気につめてこっちを向く前に決めてやる。
息を殺してその時を待つ――そして、
、
「あっ!」
彼女が片方の男にぶつかり
ドン、と少し大きめな音が彼女の背中から発せられた。
「あーイタタタタ。俺の骨ポッキリ行っちゃったかも」
「とりあえず
2人組の手が壁につく。
『太陽!』
『おうさ!』
キズナの声を合図に俺は飛び出した。
1メートル、2メートル、まだ誰も気づかない。
5メートルも進んだとき八舞さんがこちらを向いた。全力で疾走中の俺と目が合う。
彼女の目が言っている。『助けて!』と。
言われなくてもそうするつもりだ。
最後の一歩を踏み出したとき、ようやくわずかな気配を察したのか、1人がくるりとこちらを向いた。
自分たちに向かって突っ込んできている俺に
振り向いた男は動かない。
気づかない男も同様、八舞さんのことだけに意識を集中している。
俺は最後に大きく
全速力のドロップキックが、振り向いた男の
「ぶぐほおおおおぉぉぉぉっ!?」
「え……ぐがあああぁぁぁぁぁっ!?」
男はものすごい勢いで吹き飛び、相方を巻き込んで転がって行く。
2人はしばらく転がって、重なり合うように倒れた。
後は
「八舞さん、ごめんっ!」
「え……茂手くん!?」
俺は彼女の身体を持ち上げる。
いわゆるお姫様抱っこというヤツだ。
「揺れるから
「う、うん!」
八舞さんの腕が俺の首に回される。
胸の辺りから感じる体温と、女の子特有の甘いにおい。
そして
彼女の身体をガッシリと抱え、俺はその場を全速力で
風のように、
念のため後ろを確認すると、2人の男はその場に倒れたまま動かなかった。
やはり、というべきか。あの2人の役はここで終了のようだ。
すでに俺に倒され彼女を助け出した今、運命によって与えられた役目は終わり舞台を降りている。
俺たちの後を執拗に追いかけるようなことはしない――いや、できないのか。
俺は一番
――計画どおり。
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《あとがき》
第一段階は成功。
でも急にドロップキックなんてしちゃダメよ。
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