第14話 決戦前のインターミッション

「よーし、じゃあ着替えようか。バシッとかっこよくキメてよ?」


 だらしない格好は、それだけ相手に悪印象を与えちゃうからね――と、キズナが俺をうながした。


 超常的なサポートがあるとはいえ油断は禁物きんもつ

 なにせ俺の運命に巣食すくったバグは、最悪のレベル4案件――あらゆるところに気をつかってしかるべきだ。


 よし、まずは念入りに歯磨はみがきだ。

 口臭こうしゅうは異性に嫌われる原因トップ3に入るからな。

 さわやかな吐息といきを目指す。


 歯磨きを終えたら次は風呂だ。

 全身から汗の香りがするより石鹸せっけんの香りがしたほうが絶対に良い。


 全身きれいさっぱりリフレッシュしたら、最後はファッションだ。

 今日の勝負服を身に着けよう


 俺が選んだ服は、チノパンに黒いTシャツ、そして白いYシャツと実にオーソドックスな普段着スタイル。


 片想いの相手と今日一日一緒にいるというのにそんな普段着で大丈夫か?――と、この場に塚本がいれば聞……いや、聞かないなあいつは。そういうの全然言わない。


 性欲が頭を支配しているからそこまで気が回らない。

 パンツじゃなければ何でもいいとか言いそう。


 着替えも終え、鏡に映して全身チェック。

 ……うん、良い感じじゃないかこれ?


襟元えりもとよし。そでよし。ボタンの状態よし。かみの毛よし。はぁ~……口臭こうしゅうよし! 寝癖ねぐせよし。ハンカチとちり紙よし。スマホよし!」


 決戦への準備は完了した。

 部屋のドアを開けて玄関へ向かうと、キズナがそこで出迎でむかえてくれた。

 小脇にタブレットLOVEかかえている。


「準備完了?」

「ああ、いつでもいけるぜ」

「そう、じゃあこれ」


 そう言い、キズナが何かを手わたしてきた。


「キズナ、このシールは?」


 キズナが俺に渡したのは、わずか1センチにも満たない大きさの透明とうめいなシール。

 はた目には、セロハンテープを短くしたやつにしか見えないのだが、わざわざ今渡すってことは、これも天界の道具なのだろうか?


「これは?」

「小型の通信機けん発信機。耳のうらにでもっておいて。自動的に装着そうちゃく者の脳波のうはを読み取って特殊な電波をタブレットに送信するんだ。こっちからはちゃんとしゃべらないといけないんだけどね。『あー、あー。聞こえる?』」


「――っ! 『すごいな。ちゃんと聞こえる』」


 頭の中に直接キズナの声が響き、しゃべってもいないのに俺の声が伝えられる。

 天界の科学力はおそらく人界の何世紀も先を行っているに違いない。


「これを使ってリアルタイムな彼女の情報を送信するよ。オンオフも念じるだけで切り替えられるから、プライバシー対策も万全!」

「『試しにやってみよう。オフ』(キズナの乳首はピンクだった)」


 本当だ、聞こえない。

 もしも聞こえてたらえらいことになってる。


「感度良好。サポート準備もこれにて完了。さあ、行ってきなよ」

「あれ? キズナはついて来ないのか?」


「ついてきて欲しいならついていくけど……イチャイチャしてるところ、なまでボクに見られたい?」


「ついてこなくていいです」

「だよね」


 イチャついているところを見られたいのは、おそらく少数派だと思われる。

 具体的にはあのバカップルとか。


「あ、ちょっと待て。そういえばモテホンは? 充電器にさしっぱだぞ」

「もう入力は終わったし、あのままでいいよ。あったほうがいいけど、タブレットでも十分なサポートができるしね。それに……」


「それに?」


「持っていたら、どんなアクシデントがあるかわからないから。うっかり失くすだけならGPSがあるからまだしも、落として盗まれたり、最悪こわされちゃったりなんかしたら終わりだし。シナリオこなしてハッピーエンドをむかえても、壊されたら全部なかったことになるし」


「置いといたほうがいいな!」


 全部上手く行って終わっても、全部無効化とか最悪すぎる。

 キズナが見ていてくれるだろうし、家に置いていったほうがいいなこれは。


「それじゃあそろそろいい時間だし――」

「ああ、行ってくる」


 ――運命を掴み取る戦いラブコメへ。


 俺は気合いを入れて玄関のドアを開ける。


「いってきます!」

「いってらっしゃい!」


 ……

 …………

 ………………


 今思えば、この時の俺の目には――いや、俺とキズナの目には勝利しか見えていなかった。

 実にやる気があっていいとは思う。


 なにしろ俺の運命に巣食ったバグは、最高難度のレベル4だ。

 それぐらい気合を入れなければバグの修正など到底とうてい不可能に思えるからな。

 

 しかし……いや、だからこそか。

 取り戻した幸せな未来で、頭がいっぱいになっていた俺とキズナは、あることを見落としていたのだ。


 それは、巣食ったバグの抵抗だ。

 ラスボスともなれば当然抵抗ていこうはげしい。


 相手が形のないものであることが理由だったのか、相手の抵抗という単語が頭の中から抜け落ちていた。

 俺だけでなくキズナさえも。


 確か数十年に1回程度ていどしかレベル4バグは発生しないと、以前彼女が言っていた。


 もしかしたら、レベル3まではWish Starで送信した時点で、ほぼチェックメイトになるのかもしれない。


 多分、そうなのだろう。

 そもそもレベル4クラスでしか、天使は人間と協力体制を取ることはないから。

 個人やシステムでバグの対応に当たるから。


 レベル4は他とは違う。

 表面上は理解できていても、魂で理解できていればあんなことにはならなかったかもしれない。


 この判断ミスが、油断ゆだんが、後々になって俺たちを苦しめることになるのだが、それに気づくのはもう少し先の話だ。


 これから起こるバグの抵抗により、俺たちは比喩ひゆでもなんでもなく全滅――命の危機ききおちいることになる。





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 《あとがき》

 ちょっと雲行きが怪しくなってきましたね。

 でもまだラブコメは続きます。

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