第18話 恋愛シナリオ第二幕


 八舞さんをかかえて走ること数分、表通りに出る前に彼女を下ろした。

 正直に言えばもう少しれ合っていたいところだが、それは全てがシナリオ通りに今日が終わればいつでもできることなので、グッと我慢がまんする。


「ここまで来ればもう大丈夫。大通りに近いから人も多いし。交番もここから結構近いから、追いつかれても無茶できないと思う」


「助けてくれてありがとう茂手くん。茂手もてくんって結構強かったのね。何か意外……」

「うん、まあ、実はわりと」


 特に自慢じまんになるようなものでもないので誰にも言っていないが、実は結構強い俺である。

 親がね、金持ってるとね、金目当ての『そういったやから』が来るわけでしてね。


 自分の身と平穏へいおんな生活を守るために、ちゃんときたえているわけなのですよ。

 このこと知ってるの塚本くらいなんじゃないだろうか?


「それより八舞さん、大丈夫だった? 間に合った? 何もされていない?」

「うん、大丈夫。何もされなかった」


 そう言って俺を安心させるためにニコリと笑う八舞さん。

 好きな子のこんな笑顔を見られるなんて、俺はなんて幸せなんだろうか。


 こんな笑顔を至近しきん距離きょりで見せられたら、正常な男なら誰しも恋心が芽生めばえると思う。

 もしもできることならば、今すぐこの場で抱きしめたい。


 しかし、それをしたら今度は俺が悪者になるわけで……。

 八舞さんとのフラグは立たなくなるわけで……。


「そうか。んじゃあ無事みたいだし俺はもう行くよ。また連休明けに学校で」


 心中の衝動しょうどうを押し殺し、さわやかに俺は立ち去った。

 もちろんこれはシナリオ通りだ。


 一度ここで別れ、図書館で再会をするという、少し運命的な演出えんしゅつをするための布石ふせきなのだ。


『太陽!? なにやってるの!?』

『見ての通り、いったん別れた』

『何で!? そんなのシナリオにないでしょ!?』


 ちなみに、キズナに提出ていしゅつしたシナリオには、このことは書いていない。

 これは、あくまで俺の独断どくだんだ。現場の判断というヤツである。


 シナリオを書いたときに、俺はあることを見落としていたため、急遽きゅうきょこの場で進行を修正したというわけである。


『二人で図書館に行くんじゃなかったの!?』

『ああ、そのつもりだったんだけど……あることに気づいたんだ』


『あること?』

『ああ、いったん別れて偶然図書館で再開したほうが、運命を感じると思ったんだ』


『おお、なるほど!』

『あと………………図書館まで一緒だと、俺会話続かない……緊張きんちょうして』

『このヘタレ!』


 キズナの叱責しっせきが心にひびく。

 だって仕方ないだろ! 話す機会はそこそこあったとはいえ、基本接点なかったんだぞ!?


 クラスメイト以上の親しさなんて欠片かけらもなかったんだぞ!?

 歩きながら何話したらいいかなんてわかんねーよ!


 緊張で言葉が出てこねえよ!

 あば、あばばばばばばばば…………ってなる未来しか浮かんでこねえよ!


 男の子ってのはな、基本的に好きな女の子の前だとヘタレるもんなんだよ!


『わからないでもないけどさあ……カッコよくエスコートしようとか思わないの?』


 エスコート? どこのパリピの言葉かな?

 今まで女っ気皆無かいむだった俺に、そんな大それた芸当げいとうできるわけねーだろ。


『それができないと思ったからこうしたんだよ! もうターニングポイントは超えたんだ。11時までに図書館で再会して、一緒に勉強すれば問題ないだろ』


『そりゃまあ、そうだけどさ』

『ならいいじゃないか。導かれる結果が同じなら、それにいたる式が多少違っても』


 1+1も、2+0も、どっちだって答えは同じ2なのだ。

 細かいことは気にすんな!


『とにかくそういうわけだから、急いで先回りして図書館に移動する』

『りょーかい。図書館ではヘタれないでよ?』

『わかってるよ』


 そこはヘタれちゃいけない部分だからな。

 勉強という共通の話題もあるし、なんとかしのいで見せるさ。


 俺は彼女とは違うルートを選択し、図書館へと急行した。

 図書館の中は、春だというのに十分にクーラーがいていた。


 俺は棚の中から読みたかった雑誌を数冊ほど手に取り、窓際の外から確認しやすい日当たりのいい席に座って読み始めた。


 もちろん、八舞さんに気づいてもらいやすくするためである。

 まだかなー、八舞さん。


『太陽、彼女が約100メートル南の地点まで接近。あと数分で始まるよ。第2幕が』


 そう思っていたら連絡が入った。

 いよいよか。

 そう思うと同時に自動ドアが開く――彼女だ。


 彼女が図書館に入ったことを横目で確認すると、俺は雑誌を読みふける作業に戻る。

 頭の中にキズナがリアルタイムで現状報告をしてくれるので、それ以上確認は必要ない。


 ――『カウンターで本を返している』

 ――『席を探している』

 ――『太陽! 彼女が気づいた! そっち行くよ!』


「あ、茂手くんも図書館に用があったんだ」

「ん? ああ、八舞さん。さっきぶり」


 俺はあくまで自然に、片手をあげて彼女に挨拶あいさつした。

 そう、あくまで自然にだ。


 彼女のことなど特に気にしていないかのように、顔色を変えず。

 ここがポイントなのだ。


 こうすることで、彼女はピンチに颯爽と現れたヒーローである俺に、運命を感じやすくなるはずである。

 少なくとも以前より意識してくれるはずだ。


 もちろん、こんな考えは通常ならただの彼女イナイ歴=年齢である童貞のキモい妄想でしかない。


 しかし、今の俺にはキズナがいる。

 天使の後押しがあれば、童貞のキモい妄想が、妄想以上の現実にだってなるのだ。


 そう、具体的に言うとこれによって八舞さんは、俺に「自分はクラスメイトとしか思われていないのかな?」と思うはずだ。


 そんなただのクラスメイトを身体を張って助けてくれる茂手くんってカッコいい! いいかも!――って思ってくれるに違いない。


 そこまでいかないにしても、「困っている人を助けてくれるいい人」程度には思ってくれると思う。


『太陽、今のリアクション良かった! 彼女の好感度がみるみる上昇していることを確認! 確実に太陽を意識してる。何でここにいるのか気になって仕方ないっぽい』


 計算通り。


『よし。それならこのままシナリオ通りに進行する。キズナはうまくいくように祈っててくれ』

『了解。何かあったらすぐ連絡入れるよ』

『頼む』


 脳内でそんなやり取りの後、俺は意識を八舞さんに戻した。


「今日はよく会うね。八舞さんは何しにここへ?」

「私は借りていた本を返しに。あと、せっかくだから来月の中間テストのためにちょっと勉強をね。茂手くんは?」


「俺は雑誌を読みに。ここの図書館に俺の好きな雑誌が、創刊号そうかんごうから置いてあるから、読みたくなった時に来ているんだ」


 よし、いい感じだ。

 話を振った直後に、自分から俺の目的を求めてきている。


 どうでもいいと思っている相手なら、聞かれたことを答えた上で「じゃあね」だ。

 順調じゅんちょうにシナリオが進んでいるようでなにより。


「ふぅん、何ていう雑誌?」

「科学雑誌『エジソン』まあ、時事ネタと宇宙系の記事しかほとんど読まないんだけど」


「難しそうな本読むのね」

「いや、そうでもないんだ、これが」


 科学雑誌って、いかにも学術的で難しそうってのは読まない人の偏見へんけんだ。

 読んでみると意外と小学生でも楽しく読めそうな内容でびっくりすると思う。


「宇宙理論とか次元理論とかものすごく面白いんだぜ。偉い先生たちが真剣にファンタジーなテーマを議論するのってそれだけで面白いよ」


 権威けんいある先生方が、ガチで異世界とかダークマターとか次元連結とか話し合っているのって、想像するだけで面白いと思う。


 その内容に説得力があるとファンタジーな世界が身近に感じられて、まるでSF小説を読んでいるような気分になれる。


 科学雑誌は真面目なだけでなく、エンタメな側面そくめんも十分あると俺は思っている。


「へぇ……そんなに面白いんなら今度私も読んでみようかな」

「マジでおすすめだよ。あれを読まない奴は人生の1%を損している」


 まあ俺についての話題はこの辺りでいいだろう。偶然ぐうぜんよそおうのならこれで十分だ。

 そろそろ二つ目のシナリオを進行するための第二撃を放つべきだ。


「八舞さんは? 鞄に筆記用具……道具を見る限り勉強っぽいけど。でもまだ中間テストまで1ヶ月以上あるよね?」


「予習復習は日課にっかなの。図書館のほうが集中できるから、休日は時々来るのよ」

「真面目だなあ。俺なんかテスト前1週間くらいしか勉強なんてしないのに」


「それで成績せいせきが私よりいいんだからちょっとずるい」


 実は、俺は結構成績も良い。

 自慢じゃないが、毎回学年首位を争っている。

「頭が良いやつはモテる」という、我が友塚本の言葉がきっかけだ。


 中学時代から毎日真剣に授業を聞いているうち、に自然と勉強のコツをつかんで、ほとんど授業以外で勉強をしなくてもいいくらいに頭が良くなったことは、塚本に感謝しなければなるまい。


 ちなみに塚本もあれでいて成績はいい。

 学年トップ20くらいには常に入っており、しかも意外なことに英語は毎回トップだったりする。


 多分か以外のエッな動画のすぎが原因だろう。

 それでも海外移住ができるほどの英語力を身につけるのは驚きだ。

 もしかしたら塚本は天才なのかもしれない。


「八舞さん、そんなずるい俺でよかったら勉強教えるけど。ひまだし」

「いいの? すっごく助かるけど読書中だったんじゃ?」


「いいっていいって。もう何度も読み返しているから、内容なんて頭の中に全部叩き込まれているよ。今日はやることがなくて暇だから読みに来ただけだし」


 もちろんやることがないなんて嘘だ。

 だが本当の目的をしゃべるわけにもいかないし、例えしゃべったところで関係者以外に理解できるはずもない。


「そう、じゃあ……頼んじゃっていい、かな?」

「ああ、任せてくれ。ちなみに本日の科目は?」


「科学と国語。……それじゃあ茂手センセイ。お昼までだけどよろしくお願いします」

「了解。それじゃあ早速始めようか、生徒さん」


 シナリオ第二幕――無事進行中。






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 《あとがき》

 楽しみながら勉強するのが1番効率よく覚えられます。

 学生さんには自分の興味があるものを使って勉強するのをお勧めします。

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