第34話 俺の選んだ結末

「さようなら、キズナさん。来世では他人の恋人をうばっちゃダメだぞ」

「きみもな八舞さん! 他人の命を奪っちゃだめだぜ!」


 ――キイイイィィィイイイイン!


「っ!? 太陽くん!?」


 間に、合った……。

 どうにか、間に合ったみたいだ。

 ギリギリだったし、包丁にりを入れるなんてめちゃくちゃ怖かったけどなんとかなった。


 俺が蹴り飛ばした包丁は宙を舞い、コンクリートのかべにぶつかった。

 そのまま落下して地面に突き刺さる。


「ごめんっ! 八舞さん!」


 続けて俺は体当たり。

 彼女を軽く吹き飛ばし、キズナの近くから無理矢理どかす。

 尻餅をついた彼女は、俺をうらめしそうに見ている。


「何で……?  何でよ太陽くん!? 何で恋人の私の邪魔をするの!? 何でその倫理りんりに反したメスブタを助けるの!? 何で屠殺とさつの邪魔をするのよ!? ねえ何で!? 何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何でなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデソノコヲタスケルノヨオオオオオォォォォッッッ!」


 怨念おんねんのこもった視線に、狂気じみた声。

 こんな状態の彼女に俺の声が届くとは思えない。


 俺は八舞さんを無視してキズナを抱き上げると、彼女が立ち上がらないうちに全力で駆け出す。

 人一人、いや天使一人抱えた状態での疾走であまりスピードは出ていないが、ゴールは近いし十分だ。


「太陽グん! 私よりぞノオンナヲエラブノオオオオォォォッ!? エラブッデイウノオオオオォォォォッッ!」 


 俺は振り向かない。

 全速力のまま角を曲がり玄関へ到達とうたつした。

 ドアを閉めたいがそんな時間もしい。


 靴をいたまま家の中へ上がると、階段を駆け上がり自分の部屋へ。

 ベッドにキズナを寝かせて部屋の鍵をかける。


 部屋のドアは木製なので、破ろうと思えば破れてしまうが別にいい。

 少しだけ、一刻も早くこの結末を迎えるための、わずかな時間がかせげれば十分だ。


「太陽くん! 開けなさい! このドアを開けなさい! その女を、私からあなたをうばおうとしている薄汚いメスブタを私に引き渡しなさい!」


 ごめんな。

 そういうわけにはいかないんだよ八舞さん。


「開けなさい太陽くん! 開けなさい! 開けろって言ってるでしょ! 開けろ太陽! 開けろ! あけろ! あけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロオオオオォォォォ!」


 ガッガッという何かをドアに打ちつける音が聞こえる。

 彼女がドアを壊さないうちに、俺は机の引き出しからモテホンを取り出す。


「太陽……まさか…………?」


 キズナは気づいたようだ。

 俺がこれから何をするか。

 どのような結末を選択するのか。


「お察しの通りだよ。この悲劇ひげきを終わらせる。いや、〈無かったこと〉にする」


 まあ、仕方ないよな。


「……だ、駄目。ダメだよ……そんなことをしたらもう……彼女とは。ううん、それどころかそれを壊しちゃったらせっかく治ったバグが……」


「修正されない。それどころか2度と恋人ができない、か?」


 今はモテホンにインストールされているアプリケーションの効果によって、無理矢理俺のバグを押さえ込んでいるのが現状だ。


 それを壊してしまえば当然効果は失われるので、俺は以前と同じ彼女のいない、非リア充生活を余儀よぎなくされるし、このバグのせいで最悪の未来に書き換わってしまった運命も健在けんざいとなる。


「わかってるなら……」

「それでもだよ。誰かの屍の上に成り立つ幸せなんて俺は欲しくない」


 そんな幸せはいらない。

 例え、相手がずっと好きだった女の子だったとしても。

 例え、これから一生恋人ができず孤独こどくな一生を迎えることになるとしても。


 誰かの命を犠牲ぎせいにしてまで手に入れる価値のあるものじゃない。

 そんなことをするくらいなら、


「誰かの命と引き換えにしか手に入らない幸せなら、キズナの命と引き換えにしか手に入れられない幸せなら、俺は……俺はいらない。例えこの先一生恋人ができなくても、子どももなく、何をやっても成功せず、内蔵を売って生活する不幸のどん底のような人生を送ったあげく、誰も知らない場所でひっそりと孤独死を迎えるとしても、そんなことをするくらいなら俺はそっちを選ぶ。俺は負け組でいい。非リア充のままでいい。一生童貞だって構わない! 早死に上等だ! それでお前が助かるなら!」


「バカ……モテホンを壊したってボクが助かるかなんてわからないんだぞ……」

「ああそうさ! でも可能性は上がる! 八舞さんだって元に戻る!」


「太陽……」

「助け、呼べたんだろ?」


「……うん」

「なら、これ壊せば全部終わりだ。あとはお前のお仲間に任せるさ」

「ガアアアアアアァァァァッッ! アケロオオオォォォダイヨオオオォォォッッ!」


 ドアをけずる音が徐々じょじょに大きくなってきた。

 そろそろ時間のようだ。

 両手に持ったモテホンに力を入れる。


 ――ミシッ。


「キズナ」

「……ん、何?」

「ありがとな。たった1日の短い間だけど、良い夢、見させてもらった」





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 《あとがき》

 次回エピローグです。

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