第12話 天使と朝飯

「起きて、太陽くん」


 優しくて甘い声がする。

 その声につられて俺の意識が徐々じょじょに浮上していく。


「もう8時よ。朝ごはん食べるんでしょ? 早く起きないとお仕事に遅れちゃうわよ」


 ベッドでまどろむ俺を、横からゆっくりとり動かす声の主。

 早く起きてと言葉では言うも、声から楽しんでいるのがうかがえる。


 あー……いやされるぅ。

 こういうイチャイチャ、めっちゃ癒されるぅ……。


「今日は大事な会議があるんじゃないの? 遅れたらとんでもないことになるって言ってたじゃない」


 ……そんなこと言ったかな? 記憶にないんだが。

 記憶にないってことは、そこまで大事なことでもないよな!


 きっとさっきの言葉はアレだ。

 彼女が早く起きてほしくてそう言っただけだ。


 本当は特に大事なことはなくて、もう少しくらいイチャイチャできるはずに違いない。


「早く起きないと……こうだ!」

「させるか!(グイッ)」


「きゃっ。もう、何するのよ♪」


 手首を俺におさえられ、そんな不満を口にする彼女。

 だが、その不満は嘘だ。

 顔中から幸せがあふれている。


 ――もっとして。

 ――イチャイチャしたい。


 俺はそんな彼女の想いに応えるべく、ゆっくりと彼女に口を近づけ、愛を示した。

 確かに仕事は大事だ。

 生きる上で重要な生産活動だ。


 だが、それに気を取られ本来の幸せをのがすことなどあってはならない。

 世の中には仕事よりも大事なことがある。

 そのことを俺、茂手もて太陽たいようは知っている。


「好きだ、愛してる。真奈まな

「真奈…………誰?」


 怪訝けげんな顔をしてそうたずねるわが妻。

 おいおい、マイワイフ。


 誰って、きみの名前じゃないか。

 自分の名前を忘れるほど結婚生活が幸せなのかい?


「結婚生活? 太陽ってば何言ってるの?」


 俺の言葉にまたしてもとぼける俺の奥さん。

 ははーん、さてはそういうプレイだな?


 別人のフリをしてとぼけることで浮気をあぶりだし、それがバレた夫とその奥さんによる家庭内不和。

 それを解決するためのわからセッ〇ス――かーらーのー?


 最後は愛情を示して家庭円満。

 そういう流れということだな?


 よし、理解した。

 なかなかったシナリオだけど、わが妻への愛を示すため、全身全霊で演じようじゃないか。


 仕事?

 有給取るわ。


「浮気をうたがっているのか? 俺はきみ以外の女なんて目に入らない。信じられないと言うなら――わからせてやる!」


「わからせるって……え!? ちょ、ちょっと待って! 太陽寝ぼけてる! ちゃんと起きてーっ!」


 俺は彼女の腰に手を回し、ぐっとこちらへ引き寄せる。

 大丈夫、もう起きてるさ。

 一部が。(意味深)


「ぎゃーっ!? このっ、いい加減にしろーっ!」

「ぐはっ!?」


 衝撃を感じた直後、肺の空気が全部れた。

 全身に電気が走ったかのように錯覚さっかくし、俺の意識は覚醒かくせいする。


「あ、やっと起きた」


 目を開けた俺の前にいるのは、愛するわが妻、真奈じゃない。

 金髪ショートのボクっ娘天使(巨乳)――キズナだった。


「ほら、シャンとして! シナリオ実行するんでしょ!?」


 腰に手を当て、キズナが俺をのぞき込む。

 たわわ様が重力に引っ張られ、すごい迫力はくりょくである。


「もう、人がお風呂に入っている間に寝ないでよ。そんな長風呂でもなかったでしょ?」

「わ、悪い……」


 そうだった。思い出した。

 キズナの裸を忘れるため、頭を壁に打ち付けたんだった。


 当たり所が良かったのか(悪かったのか)、一発で気絶したんだった。


「ほら、しゃんとする! 今日を逃したら次の休日になっちゃうし、1回使ったシナリオはバグが耐性持っちゃうから2度と使えないんだからね! またアイデア100本ノックからになってもいいの?」


「マジでか!? 聞いてないぞ!?」

「そりゃそうでしょ。言わなかったもん」


 言わなかったもん――じゃねーよ。

 言えよ。そういう大事なことはさあ。


 あのクソメンドくさい作業をまたやるとか冗談じゃない。

 世の中の作家やシナリオライターの皆さんは、よくあんなクソメンドくさい作業を淡々たんたんとこなせるもんだ。

 

「起きる! 起きるぞ! うん、今起きた!」


 覚醒かくせいアピールのため、急いで立ち上がる。

 頭が少し痛い気もするが、とりあえず今は気にしない。


「えーと、シナリオ実行って何時からにしたっけ?」

「10時だよ。でも9時には家を出ないとダメなんじゃない?」


 最後の打ち合わせもしたいでしょ?――と言いながら、ご飯とみそ汁を運んできてくれたキズナ。

 作ってくれたのか。


「一晩泊めてもらったし、まあ、このくらいはね」

「お前、料理できたんだな」


「当ったり前じゃん! ボクの女子力舐めるなよ?」

「いや、一人称『ボク』の女が、女子力あるとか普通思わねえよ」


 偏見へんけんだけど、何となくそんな気がするんだよな。

 俺は並べられたおかずと一緒に、盛られたご飯をかっこんだ。


「どう? 美味しい?」

「……めっちゃ美味い」

「やった!」


 キズナがかがやくような笑顔を見せた。

 くそ……こいつ見た目がいいからすげえかわいいじゃないか。

 

「こう見えて、ボクって結構家庭的なんだぞ。家事全般得意だし」

「へえ、そうなのか」


趣味しゅみで色んな料理作ったりもするよ。あ、その卵焼きめちゃ自信作!」


 キズナの言う卵焼きを口にふくむと、信じられないほど美味かった。

 え、なにこれ? これが卵焼きだったとしたら、俺が普段食ってるのってなんなの?


「死ぬほど美味いんだけど……なにこれ? もしかしてめっちゃ高い卵とか買った?」

「冷蔵庫にあったやつだよ。だいたい、ボク無一文だし買えるわけないでしょ?」


 そうだった。

 金がないから泊めたんだった。


「キズナ、お前将来めっちゃいい嫁さんになるよ」


 心から俺はそう思った。

 天使に結婚制度があればの話だけど。


「へへっ、ありがと♪」


 そう微笑み返したキズナに思わず胸が高鳴ってしまった俺だった。





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 《あとがき》

 さて、描いたシナリオがそろそろ実行されます。

 果たしてちゃんと実行できるのでしょうか?

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