第2話 天使登場

「よう、茂手もて。こんな時間にどうした? あれ? お前部活入ってたっけ?」


「あれ? 太陽ってさっき帰らなかった?」


「あ、茂手くん。すっごく面白いって評判の本、大量入荷したから気が向いたら図書室に来てね」


 部活&委員会に精を出している友人たちと軽い挨拶あいさつを交わし、教室へと歩を進める俺。


 男女関係なく気軽に声をかけてもらえているから、客観的きゃっかんてきに見ても俺の人気ってそんなに悪い方じゃないよな?

 むしろ良いまである。


 なのに、なぜか全っ然彼女ができないんだよなあ?

 告白してもお友達でいましょうとか言われて、本当にそのまま友達づきあいが続くんだよなあ。


 ……めっちゃつらいわ!

 そういうのいいから!

 さっさとトドメさせよ!


「あいつには……、あいつにだけは…………、負けないと思っていたんだけどなあ」


 塚本に彼女ができたのにどうして俺には――そんな負け犬的な思考が心をむしばむ。


「考えるだけ心をむ……さっさと取るもの取って帰ろう……」


 そうぼやきつつ、切腹後の侍くらいうなだれながら教室のドアを開けた。

 俺の日常を構成するものの一部が、夕日にらされ幻想的にいろどられている。


 ――黄金にかがやく、俺以外に誰もいない教室。

 ――廊下ろうかに足音はなく、聞こえるのは木々のざわめきだけ。


 まるで、今にも何かが始まりそうな、非日常感があふれ出している。


「……なんて、考えるのは心が弱っているからだろうな」


 ため息をつきながら机の中をまさぐる。


「……………うん?」


 机の中で、手に何かがれた。

 俺は置き勉はしないでちゃんと持って帰る派なので、授業が終われば机の中には何もなくなる。


 しかし今日は忘れ物をしたため、財布とスマホがあるはずだった。

 そして俺の思った通り、ちゃんと財布とスマホはここにあった。そう、それはいい。いいんだよ。


 よくないのは……なぜかスマホが2つもあるかということだ。

 1つは黒、俺のスマホだ。


 イレギュラーな案件が起きたため、一応中身を確認してみるけどやはり俺のだった。

 フォルダに……その、現在片思い中の子の写真があるので間違いない。

 ※隠し撮りじゃないことは明言めいげんしておく。


 もう一つが白。俺のよりも少し大きめで、何もデコレートされていない新品同然の――『おかしな』スマホ。


 普通のスマホなら必ずあるはずの会社名がどこにも表記されておらず、見たこともない謎のアプリケーションソフトが複数インストールされている。


「ったく、誰のだよ? 全く」


 これ1つで日常生活から遊びにいたるまで、何でもできちゃう便利ツールだろうが。

 失くしたらめっちゃ困るだろうに。


「とりあえず誰のかわかんねえし、職員室にでも持っていくかな」

「えー? 職員室は困るよ」

「っ!?」


 誰もいないはずの、俺以外誰もいなかったはずの教室から女子の声が聞こえてきた。

 いったい誰だ? さっきまで、俺以外ここにはいなかったはずだ。

 声のしたほうを振り返る。


「不特定多数の人間にさわられると色々厄介やっかいになるんだ。だから、止めてくれると嬉しいな」


 見たこともない制服を着た見たこともない女の子が、最前列の教卓きょうたく腰掛こしかけていた。

 年はたぶん、俺と同じくらい。


 身長は女子にしてはやや高いほうで、160センチくらいはありそうだ。

 目は軽いつり目で、子猫を思い起こさせる。


 髪型はツインテールで子どもっぽいくせに、身体つきは相反するように大人だ。

 くびれた腰、それとは反対にやや安産型の尻、そこから伸びる肉づきの良いふとももに、マスクメロンのようなたわわな胸。


 男が100人いれば100人全員が振り返るんじゃないかというくらいかわいくて、スタイルまでも完璧な銀髪美少女がそこにいた。

 こんな子、この学校にいただろうか?


「だいたい、そのスマホはボクのだし…………いや、ボクのと言えばボクのなんだけど、きみのものでもあるのかな、この場合?」


 ボクッ娘だと!?

 こんな目立つ容姿に一人称がボク……やはり俺の記憶にこんな子はいない。


 超美少女かつワガママボディの女の子の一人称が『ボク』……リアルボクッ娘、かわいい。


(間違いなく知らない子だ。しかし……)


 関わり合いになりたくない。

 確かにこの子はかわいい。


 だけど、言っていることの意味がわからない。

 このスマホが自分の物でもあり俺の物でもある?


 お前の物は俺の物、俺の物も俺の物――ってこと?

 電波? 中二病? それともジャイ〇ン?

 劇場版じゃなきゃお断りだ!


「よっと」


 TSジャイ〇ンの可能性があるその少女は、軽くいきおいをつけ教卓から降り立った。

 そのままツカツカと歩いてきて、俺の手の中にある白いスマホをうばい、


「はい」


 俺の制服のポケットに入れた。


「……何してるんだ?」

「見ての通り、スマホをポケットに入れた」


「何でだよ!? さっきよくわからない電波なこと言っていたけどそれが理由か!? 言っておくけど、絶対俺のスマホじゃないぞ!?」


「いや、きみのだよ。今日からね。茂手、太陽クン」

「!?」


 こ、この子……俺の名前を?

 超美少女に名前を知られているのは悪い気はしないが、それでも時と場合による。


 知らないやつに名前をおぼえられているなど、恐怖以外の何ものでもない。

 いったい何者だ、こいつ?

 もしや俺のストーカーか?


「フフッ……おどろいてる驚いてる。『何で会ったこともないこんなかわいい子が自分の名前を知っているんだろう』って顔してるね」


「自分で自分のことをかわいいとか言うな」


 どうやらこの女は、少々自意識過剰じいしきかじょうらしい。

 まあ、見た目が見た目だしわからなくもない。


 この発言で少し冷静になれた俺は、この見知らぬ女がどこの誰か明らかにするため、いくつかの質問をすることにした。


「で、俺の名前を知っているお前はどこの誰だ?」

「何で俺の名前を知っていた?


「ってゆーかお前ウチの生徒じゃないよな?」

「部活の交流試合でもない限り、他校の生徒は立ち入り禁止のはずなのに、何で俺のクラスにいるんだ?」


「あとお前がポケットに入れたこの白くて少しおかしなスマホ、突然今日から俺のだって言われても全然納得なっとくできないんだが? さっきのはどういう意味――」


「ちょっとちょっと! ストップ! そんなにいっぱい質問しないでよ! そんなに質問されても、いっぺんに答えられないってば!」


 そう言いながら、女は俺の口をふさいだ。

 小さくて柔らかい、美少女の手がくちびるに触れていると思うと、何とも言えない気持ちになるのは、男の子だから仕方ないよな。


「それじゃあ、まず、最初の質問からお答えしましょう」


 俺が大人しくなったことを確認すると、目の前の女はゆっくりとかたり始めた。


「ボクの名前はキズナ。天界からやってきた天使です」


 ……塚本に先を越されたショックで耳が遠くなったのかな?

 うん、きっとそうだ!

 さっきから言動がアレすぎるとはいえ、いくらなんでも聞き間違いだろう。


 天使とか絶対あり得ないって。きっと、戦士とか剣士とかいう言葉を聞き間違えただけだって。

 あれ? そっちもなんかアレじゃない? 中二?


「えーと、キズナだったよな? 悪いけどもう一回さっきのセリフ言ってくれる?」

「オッケー、わかった。もう一回言うから、今度はちゃんと聞いててよ?」


 女――キズナは俺の要求をこころよく聞いてくれたようで、さっきと一言一句いちごんいっく同じセリフを繰り返してくれた。


「ボクの名前はキズナ。天界からやってきた天使です」


 …………聞き間違いじゃ、ないな。

 天使……そうかー……天使ときましたか。

 この女やべぇな!


 高校生? にもなって自分は天使だとか、メルヘンチックかつファンタジーなことを他人に話すなんて、このキズナとかいう女はこの年で中二病を発症してしまったのだろう。


 かわいそうに(脳が)……。

 こんなにもかわいいのになあ。

 なんて気の毒な……。


 あわれみをふくんだ生暖かい目で見られていることにも気づかず、キズナはさきほど俺がした質問に順序じゅんじょよく答えてゆく。


「確かにボクはここの生徒じゃないけど、やらなきゃいけないことがあったから勝手に入らせてもらったんだ。上からの指令でどうしてもきみに会わなくちゃいけなくってさ。あ、今のでわかったと思うけど、きみの名前を知ってるのは仕事の都合つごうで調べたからです。決して、ストーキングとかそーゆー犯罪めいたことじゃないからそこは安心してね」


 程度ていどにもよるけど、個人情報を本人の知らないところで勝手に取得するのは犯罪じゃないのだろうか?


 まあいい、話をまとめるとどうやら自分は天使で、さらに天界の何らかの組織に所属しているという設定らしい。

 色々とアレな設定だが話につきあってやるべきだろうか?


 ……つきあってやるか。

 どうせあと10分で下校時刻だしな。

 下手に刺激しげきして暴れられても困る。


「上からの命令で色々調べたのか。なるほど……で、その命令って? お前の仕事は?」

「ボクがきみのポケットに入れたスマホ、それを渡すことだよ」




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 《あとがき》

 キズナは書いた当時、ボクッ娘ではなくオレッ娘でした。

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