第3話 黄色い救急車


「このスマホを? 悪いけど俺、スマホならもう持ってるぞ。ほら」


 俺はそう言って自分のスマホをキズナに見せた。

 小学生でも持っているこの時代に、スマホを持っていない高校生ってものすごくレアなのだと思う。


「新しいスマホに交換しようとも思わないし、正直別にいらないんだけど」

「ほほぉう、いらない? 本当に? 天界政府直属機関ちょくぞくきかん恋愛省れんあいしょう公認のフラグ修正ツール――《Marrige Organize Tempt Enterprise-Phone》、通称モテホンをいらないって?」


「政府公認のブツにしては略称りゃくしょうが色々と残念な感じだな」

「まあそれはボクも思ったことがあるけど……わかりやすいからいいじゃん!」


 俺のツッコミをいきおいで返すキズナ。

 ちょっと怒った顔もかわいいので、うっかり心を許しそうになる。


 危ない危ない……ちゃんと心にかぎをかけるんだ、茂手もて太陽たいよう

 ありえないくらいの超美少女とはいえ、電波で中二は荷が重すぎるぞ。


「このモテホンはねえ、電話もメールも、なんとアプリもできちゃったりするんだぞ!」

「むしろそれができないスマホがあるのか?」


「そればかりか! 人界だけでなく天界までが圏内けんないなため、死んだご先祖せんぞ様とかと話せたりするんだぞ!」


「俺の爺ちゃん婆ちゃん、父方母方両方ともピンピンしているから特に興味ないし、遠い先祖は戦国三大DQNとか言われている人だから話すの怖い」


「じゃあこれはどうだ! 写真機能! なんと背後霊まで映せる代物しろものだぞ!」

「俺、ホラー苦手だからむしろいらない」


「ならこれは? 万歩計ならぬ寿命計じゅみょうけい機能。持ち主の残りの寿命が表示されるんだけど」

「見たくねえよ! 自分がいつ死ぬかなんて知りたいヤツいるか!」


「じゃあ、じゃあ……う~んと、う~んと…………」


 どうしてもキズナは、このモテホンとかいうあやしげなスマホを俺に渡したいらしい。

 様々な機能を必死にアピるけど、俺のスマホでできるものだったり、怪しすぎて引くような機能だったりでぶっちゃけいらない。


 アピるキズナと断る俺。そんなコントを繰り返しているうちに完全下校時刻も近づいてきた。

いい加減、話を切り上げて帰るとしよう。


 俺はポケットの中に入れられたモテホンをキズナに返す。


「待て! 待って! じゃあ好きな女の子と絶対恋仲になれる縁結び機能が入っているって言ったらどうする?」

「…………ッ!?」


 ……え、縁結び機能、だと!?

 ……す、好きな女の子と恋仲になれる機能だと!?

 ……しかも、絶対!?


「べ、別に……いらねーよ!」


 正直心が少し動かされた。

 言葉が少しつまってしまったのは、塚本に先を越されたからだと思いたい。


「だ、だいたい、そんなもの……あるわけねーだろ」


 もしもそんなファンタジーなものがあるのなら、世の中みんな幸せいっぱい夢いっぱいで、離婚なんておきないし浮気なんてしない。


 心が弱っていなければこんな戯言ざれごと一笑いっしょうしてやるというのに。

 それができなかったということは、想像以上に心が弱っている可能性があるな。

 帰ってふて寝しよう。


「おやぁ? 動揺どうようしてますなぁ?」

「してねーよ! お前の勘違かんちがいだ!」


 キズナは俺の心の中のわずかなゆらぎを感じ取ったようで、ここぞとばかりにアピってくる。


「本当にあるんだけどなー? 好きな女の子とラブラブになれる機能があるんだけどなー?」


 ……うぜえ。

 こっちが動揺したと見るや否や、速攻であおりを混ぜつつアピってくるのめっちゃウザい。

 自分がかわいいからってこいつ調子乗ってるな。


「いらねえって言ってるだろ! もうすぐ完全下校時間になるからこれ返すわ。じゃあな」

「えー? 待ってよ!? ボクが言ったこと嘘だと思ってる?」


 当たり前だ!

 むしろ嘘だと思わないほうがおかしい。

 どこの世界にそんな頭お花畑ハッピーセットな話を信じるバカがいるんだ?


「しょうがないなあ。実演じつえんしてあげるからもう少し話に付き合ってよ」


 かたくなに信じようとしない俺にあきれ顔になりつつ、キズナがそう言った。


「嫌だよ! 今日の俺は心が非常に疲弊ひへいしてるんだよ! いい加減俺を解放してくれよ!」

「まあまあ、もうちょっとだけ! もうちょっとだけだから! もうちょっとだけ付き合ってくれたら、あとでイイコトしてあげるから!」


「いらん! はーなーせーっ!」

「いーやーっ!」


 キズナの胸に育ったたわわ様が、俺の腕にぷにゅんと押し付けられる。

 しかし、そんな誘惑ゆうわくに俺はくっしない!


 これ以上頭のおかしい女を相手にしたくないので、全力でキズナを振り払う。

 しかしキズナはどこにそんな力があるのか、俺からくっつきはなれようとしない。


 何とか両手を外して教室のドアにダッシュしようとしたが、直後にキズナの空中カニばさみで腰をロックされてしまった。

 そしてキズナは自由になった両手で教室のドアと柱をつかみ、俺を完全に固定した。


「いいから離せ! 俺はもう帰るの! 両親が海外出張中で一人暮らしだから、夕飯の支度したくしなくちゃいけねーんだよ! 電波な会話に付き合う時間はもうおしまいなの! わかったら放せ!」


「あと5分! あと5分でいいから――ってゆーか今電波って言ったな!? そんなこと言う奴は……こうだ!」

「ぐおおおぉぉぉっ! お、ま……あしに力入れるんじゃねえ!」


「失礼なこと言うからだよ! 痛い? 苦しい? 許して欲しかったら謝罪しろ!」

「誰が言うか……! ってか、お前いいとしした女が男にこんなことして恥ずかしくないのか!? カニばさみってメチャクチャエロいぞ! 自分の股間こかんと太ももを男に密着みっちゃくさせるとか痴女ちじょかお前は!」


「ち、痴女じゃないもん! 天使だもん! ボク天使だから痴女じゃないもん!」

「嘘つけえええぇぇぇっ! 天使とかいうメルヘン設定、誰が信じるかあああぁぁぁっ!」


「『信じる者は救われる』っていう言葉があるのにっ!?」

「そんな言葉は知らねえな! 『信じる者は馬鹿を見る』じゃないのか!?」


「なんてばち当たりなことを!? これがゆとり教育の弊害なの!?」

「ゆとり世代は終わったよ! ってゆーかお前天使なのにやけに日本の教育事情にくわしいな! やっぱお前人間だろ! 電波で中二の女子高生だろ!」


「ボクは電波でも中二でもなーい! 本当に天使なのーっ!」


 はげしく言い合いながら俺は振りほどこうと、キズナは引きとめようと、一進一退いっしんいったいの攻防を継続けいぞくする。


 その攻防は延々えんえんと続き、予想もしなかった第三者が現れるまで続けられた。


「あれ? 茂手くん? こんな時間まで何してたの? 確か茂手くんって部活に入っていなかったよね?」


 その第三者は、完全下校時刻5分前に現れた。


「や、八舞やまい、さん?」


 俺たちの不毛な勝負にピリオドを打った彼女の名前は八舞やまい真奈まな

 俺のクラスのアイドル的存在であり、俺が一年のころからずっと好きだった女の子だ。


 本来であればいるはずのない俺の存在に彼女は軽くおどろいたようで、口に手を当てて目を丸くしている。


 腰まで伸びた黒髪もふわりと浮いているところを見ると、軽く飛び上がったのかもしれない。


「ふーん、彼女が太陽の好きな人か」


 ああ……驚いた顔もかわいいな――などと、自分の想い人の魅力みりょくに心をうばわれていた俺だが、キズナの何気なにげない一言で今の自分の状況を思い出た。


 液体窒素えきたいちっそ100%で構成こうせいされた風呂にでもかったかと思えるくらい、俺の背筋せすじが一気にこおる。


 だってそうだろ? 好きな女の子の目の前で、他の女の子が腰にしがみついているんだぜ?

 股間と太ももを押し付けているんだぜ?

 どう考えてもヤバい。


 誤解ごかいされたら最悪だ。

 このままでは近い将来、ありったけの勇気を振りしぼって彼女に告白をするときがあったとしても、「あの娘はどうしたの?」と聞かてしまいかねない。


 うまく説明ができずにしどろもどろになった俺の態度たいどを見て、様々な誤解が生まれるに違いない。

 そうなってしまったら、「ごめんなさい」となる可能性がね上がってしまう。


 それを防ぐには、ここでその可能性のある未来に辿たどり着いてしまうルートを完全にふさぐしかない。


「八舞さん、ちょっと助けてくれ! 俺の代わりに黄色い救急車を呼んでくれないか!」

「どうして?}


「ここの生徒じゃないのに学校にもぐりこんだり、わけのわからない行動をしたり、自分を天使だとか名乗る電波女がいるんだ!」

「え!? 本当に!?」


 俺の言葉に驚いた八舞さんが教室に入る。

 これでいい、これで。教室に入れば、ドアのところでっているこの電波女の上半身が確認できることだろうさ。


「これで終わりだ電波女」

「あーっ! 電波ってまた言った! 違うもん! ボク本当に天使なんだからねっ!」


「頭のおかしな人はみんなそう言うんだ! 黄色い救急車に乗っておとなしく閉鎖病棟へいさびょうとうに帰れ! それがお前のためだ!」


「きーっ! 天使を重度の精神病患者かんじゃみたいに! 言っておくけど無駄だから! そんなこと頼んでも!」


「無駄なもんか! 世の中にはなあ、無駄なことなんて何一つないんだ。そう……中学時代、告白するたびに『お友達でいましょう』と言われ続けたことだってきっと無駄なんかじゃないはずなんだ……。おそらく俺の精神的成長の……かて、に……」


「……あの、何か、ゴメン。変なスイッチ踏んじゃったみたいで……」

「あの、茂手くん」


 トラウマスイッチを押されて若干精神が向こう側に飛びかけたころ――、

 教室の中を確認していた八舞さんが後ろのドアから顔をのぞかせた。


「ようやく終わりだな。またな、電波女」

「ううん、違う。始まりだよ」


 俺の言葉に、なぜかキズナは不敵ふてき微笑ほほえみを見せる。


「どういう意味だよ?」

「さあね? ま、すぐにわかるんじゃない?」


「はぁ?」

「あの、茂手くん。教室を見たけど、そんな人どこにもいないんだけど」


「…………え?」

「ってうか、さっきから誰と話しているの?」


「…………ええっ!?」

「どこにもいないわよ? 茂手くんが言ってたような人」




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 《あとがき》

天使は普通の人には見えません。

条件を満たすと見えるようになります。

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