第18話 竜騎
丘を登りきったところで視界が開けた。
一面の背の高い麦のようなものが生えている畑とその向こうの小さな村が見える。
そして、小さな村からは火が上がっていた。
立ち上る煙、時折響く銃声が嫌でもただならぬ雰囲気を伝えてくる。風に乗ってかすかに焦げ臭いにおいがした。
……あそこで起きているのは、映画の撮影でもアトラクションでもない、戦争だ。
「鬼蘭は?」
そういうと太婀さんが黙って村の方を指さした。
独りで行ったんだろうか……本当に無茶をする子だわ。というか、こんなところで見ている場合じゃない気がする。
「止める間もなかったよ……」
確か鬼蘭の故郷は西夷に襲われたって話だった。冷静になれってのは無理だろう。
「あたしたちもいかないと。独りじゃまずいでしょ」
「老士、落ち着いてください」
羚羊が相変わらずの冷静な口調で言う。
なんかこの状況で落ち着き払っているのはイラっとくるんだけど。
「柳原道士……見てくれ、あの畑に見えないか?」
そう言って太婀さんが畑を指さす。目を凝らすと背の高い穂の間に黒いものがたくさんちらついて見えた。
誰かが潜んでいるの?
「鬼蘭は止められなかった、というより誘い込まれたんだろう……」
「このまま我々が進めば包囲されます」
太婀さんと羚羊が言う。
「もし村にいるのが只の兵士であれば鬼蘭様の敵ではないでしょうが……龍騎兵がいるとまずいです」
「と言うか……銃兵があれだけの数いるということは……おそらく竜騎兵が居るだろうな」
竜騎兵とやらが何なのか分からないけど、このままだと鬼蘭が大変なことになることはだけは分かった。
羚羊はいつも通り淡々とした口調だけど、太婀さんの口調からは焦りがにじみ出ている。あたしが心配する以上に、太婀さんの方がよほど心配だろう。
「全員で村まで切り込めませんか?」
「おそらく40人近くいて銃も持っている……厳しいな」
「私はなんとかなるかと思います。損害は受けるでしょうが破壊には至らないでしょう」
羚羊はこともなげに言うけど、太婀さんは首を振った。
それが出来れば苦労はしないか。羚羊も太婀さんも強いんだろうけど1対20じゃ流石に勝ち目はない。
なら、鬼蘭を援護する方法は一つしかない……息を大きく吸って腹を決めた。
「この符を何処かに仕掛けて。あたしが切り崩して兵士たちに隙を作るわ……鬼蘭はあたしが助けに行く」
「できるのですか?」
符を取り出して渡すと、羚羊が普段通りの口調で聞いてきた。
「一応試したわ。大丈夫だと思う」
あたし一人ならなんとか鬼蘭のところへ行く方法はある。
「すまない、
「隙さえ作って頂ければ我々二人で包囲している兵はどうにかします。一度恐怖に捉われた兵は脆いものですから」
羚羊が言う。こればかりは信じるしかない。符を取り出して
「レオ……手を出して」
「はい、
少し首を傾げて羚羊が手を出してくれる。その手を握った。硬い感触が手のひらに触れる。
ぎゅっと握ると、羚羊も何かを察してくれたように握り返してくれた。少し気持ちが落ち着く。
「ご無事で、
「ありがとう……助けに来てね。なるべく早めにね」
「勿論です。必ずや」
羚羊が言う。抑揚のない口調だけど、本当に心配してくれているのは分かった。
手を離して符に意識を集中して、頭の中にイメージを描く。
「じゃあ行くわね。
此処何日かで色々と試してみたけど、風に乗って空を飛ぶキャラを漫画で見たからそれができないかと言うのもやってみた。
結論から言うとこれは何とか出来た。
ただ、風に乗って飛んでいる、というよりどっちかというと風で飛び上がって、風で落下にブレーキをかけるというほうが近いけど。
それに効果時間はかなり短い。
五行の道術は火をおこしたり雷を起こしたり風を吹かしたりとかはできるけど、あくまで瞬間的に力を発生させるもので、持続力には難があるのはこの数日で分かった。
練習の時と同じく、体が下から押されるようにして上空に飛び上がる。
風をコントロールしてアクセルをふかすようなイメージで姿勢を整えた。
髪とチャイナドレスの裾がはためく。
鳥のように高く飛ぶのはとても気持ちがいいけどまだかなり恐怖感の方が強い。
素人がサーフィンか何かをしているみたいでうまくコントロールできないから景色を楽しむ余裕まではないけど……下を見下ろすと、草むらに潜んでいる兵士たちが見えた。
銃とそろいの緑の制服でそろえた数は40人近くはいそうだ。完全に包囲されている。
あの包囲は羚羊と太婀さんに任せるしかない。
足元の押し上げる力が弱くなってきて体が落ち始める。足元の風の力の残りをなんとなく感じる。
あちこちから煙が上がる青い瓦葺の屋根の小さな家とその家に囲まれた広場。そこに鬼蘭の赤い服が見える。
そして、それを囲むように立つ見慣れない何か。鬼蘭の横をめがけて風を調整する。
地面が近づいてきたところで、風を最後に逆噴射で吹かすようにした。
最後の風の力が体を押し上げてブレーキがかかる。階段から飛び降りるような感じで無事に地面に降り立てた。
我ながら上手くできた……3回目にしては上出来だと思う。
個人的には満足感に浸りたいんだけど、勿論それどころじゃない。
「姐さん!」
鬼蘭が嬉しそうにこっちを向く。
そして、その周りを「竜騎兵」が取り囲んでいた。
◆
龍騎兵って……銃を装備した騎兵という意味だと思っていたけど、違った。
というか、単なる騎兵なら鬼蘭一人でも倒せたかもしれない。
鬼蘭の前にそこに居たのはトカゲのような顔をした2足歩行の竜、ダークグリーンの鱗に覆われた、ティラノザウルスを小さくしたかのような龍が3体。
手綱と鞍を装備していて、鎧のような鋼板で体のあちこちを覆っている。
そして、それに帽子に飾りをつけてそろいの青い制服に身を包んだ仕官のような男がまたがっていた。
……文字通りの「龍」騎兵なのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます