第22話 慶典
気づいたらあちこち傷だらけだった。
ブレスを食らいかけて肌はあちこちやけどっぽく赤くなってるし、舗装されてない地面を転げまわったからあちこち痛い。
かろうじて生き残った村の人たちを連れて村に戻ることになったけど、その辺はもう覚えていない。
緊張感が抜けて疲れて羚羊に体を預けたまま眠ってしまって、村についていた時にはもう夕暮れだった
◆
村に帰ったら鍾離さんたちが出迎えてくれた。
羚羊はあちこちに傷を受けていてすぐに補修、あたしたちは全員鍾離さんに治癒術をかけてもらった。
治癒術を使ってもらったら、やけどや擦り傷がまるで肌からシールをはがすように取れて行って元の通りになった。
前に使ってもらった時は体のだるさとか疲れが取れたっていう程度だったけど。それだけじゃないらしい。
治癒術というか、回復魔法ってやつは実際に見ると本当に便利だと思う。
この術ならきっと地球にもっていっても役立たずどころか英雄になれるだろうな。
五行の道術は……物騒な話だけど。正直テロに使うくらいしか思いつかない。
ともあれ、傷跡が残るのはやっぱりいやだからちょっと安心した。
太婀さんと鬼欄もそれぞれ回復をかけてもらった。
太婀さんもあちこち切り傷があったし、鬼欄はあの竜の体当たりを食らっている。
よくあれだけ吹っ飛んで死ななかったとおもうけど、なんでも体に龍脈の力を集めていたから助かったらしい。
ただ、流石にしばらくは動けなかったみたいだけど。何事もなくて安心した。
そのあとはわがまま言ってお湯を沸かしてもらって、甕にお湯を入れてもらって簡易の風呂を作ってもらった。
驚いたのは、香草とかを練って作った髪用の石鹸があったことだ。香油のトリートメントまである。
貴重品らしいけど遠慮なく使わせてもらった。
こう言っては何だけど……結構進んでる。
風呂から上がったら、外からにぎやかな声が聞こえてきていて。
さすがにドライヤーなんてものはないので髪を念入りに拭いて広場に出た。
◆
村は普段は日が落ちると人影もまばらになるんだけど、今日は違った。
提灯に明かりがともされていて広場にはテーブルが並べられている。酒盛りが始まっていた。料理のいい匂いが香ってくる
「
誰かがあたしを見て声を上げる。にぎやかな声がぱったりと止んだ。
「
「
「感謝します。貴方のおかげで死なずに済みました」
村から逃れてきた人たちがそろって頭を下げる。
「あの……ちょっと、困ります。あたしだけでしたわけじゃないですし」
なんか賑やかな場を壊してしまったような感じがするし、そもそもこんな沢山の人に頭を下げられるなんて体験はないからとても気まずい。
「いえ、そんなことはありません!」
村の人らしき人が首を振る。
「西夷の飛竜に対して一歩も引かぬその姿。まさに歌劇に記された仙人のようでした」
「我々は何もできず……見ず知らずの私たちのために戦ってくださるとは」
「さあ、お掛けください!」
そう言われて手を引かれて広場の中央の東屋の大きなテーブルに座らされる。テーブルの上にはたくさんの料理が並んでいた
正面には鍾離さんが座っている。普段のちょっと硬い顔と違って嬉しそうだ。小さな盃を渡してくれる。小さな盃には透明な酒が入っていた。
「
鍾離さんが盃を掲げて謳うように唱える。どうやらこれが乾杯の合図だったらしく、広場の周りの人達が盃を掲げて歓声を上げた。
◆
「すっげえんだぜ。符を構えたら嵐のように風が吹き!竜の炎がまるで鏡に映る光のよう西夷の連中を焼く!竜騎さえ敵せず!まさに古の神仙のごとし!」
どこかから軽快な弦楽器の音と賑やかな鈴の音が聞こえてくる。
高く上がった二つの月と提灯が赤々と夜空を照らしていて、暗さは全然感じない。
炒飯のような料理を食べる。ぱらりと炒めた米と細かく切った野菜にとろっとした葱かなにかの香りがついた餡がかかっていた。なんとも手間がかかってる。
そして、なんか向こうで鬼蘭があたしのことを芝居がかった口調で言っているのが聞こえてきた。
正直言ってなんというかすごく気まずいというか。
こんな風に手放しに褒められるってことは無いから嬉しいというか面はゆいんだけど、なれてないから穴があったら入りたい気分だ。
「
太婀さんが声をかけてきた。
あちこち傷があったけど、彼もしっかり治っている。羚羊も補修が済んだのかその後ろにいた。
「もっと早く包囲を制圧できていれば一人で戦わせずにすんだんだが。すまない」
「いえ、お互い無事でよかったです」
40人近い相手を二人で蹴散らしたんだからすごいと思う。兵士たちをどうしたのか、は怖くて聞けないけど。
でも犠牲者も相当出たんだけど、こんな風に酒盛りなんてしてていいんだろうか
「心に澱を残すは愚者。悲しみは涙で、歓びは笑みで流すべし。だ」
あたしの言いたいことを察してくれたのか、太婀さんがにっこり笑って言う。
「喜びにも悲しみを拭うにも酒が欠かせない。さあ、一献」
盃に注がれたお酒。
あまり酒には強くないんだけど、今は飲み干さないといけない気分になって一気に飲んだ。
紹興酒っぽい独特の香りが鼻に抜けて顔がぽうっと熱くなる。
「どう、レオ?あたしもやるもんでしょ?」
「はい。素晴らしい戦いぶりでした」
状況判断がどうだのとさんざん言われたのでちょっと意趣返しのつもりだったけど、あっさりと肯定の返事が返ってきた。
オブラートに包まないタイプなんだろう、良くも悪くも。
「本当に素晴らしかったですよ、柳原道士。聞いた話では道士が龍騎と相対するなら2人でかかるべし、ということでしたからね。一人で龍騎を2騎倒し飛龍騎と渡りあうなんて前代未聞だ」
「そうなんだ」
無我夢中だったけど結構すごいことをしたのかな。
空になった盃に太婀さんがもう一杯酒を注いでくれる。もう一口飲んだところで。
「ねえ、
突然声がかけられた。
◆
声を掛けてきたのは5歳くらいの男の子と女の子だった。
見たことがない顔だから、今日向こうの村から来た子供だろう。顔が似てるから兄弟っぽい。
「どうしたの?」
「僕らもお姉ちゃんみたいな強い道士になれるかな?」
男の子が聞いてくる
「ダメだよ、浩然。
女の子の方が嗜めるように言う。
「あたしには道士の素養はあるかな?」
「僕はどう?」
道術は本人に素養がなければいけないらしい。あたしみたいに譲り受けるケースを除けばってことらしいけど。
それを判別する方法はもちろんあたしにはわからない。
でもキラキラの目で見上げられると、知らないわ、ごめんね、といはなんか言いにくい
「才能は分からないわ。でも勇気は誰でも持てる。どっちが年上?」
「あたしです」
元気よく女の子の方が手を上げる。
「じゃあお姉ちゃんは弟君を守れるように、弟君はお姉ちゃんに負けないように、頑張って鍛えて」
「はい!」
嬉しそうに笑って親御さんらしき人のほうに駆け戻っていく。
親子が抱き合って、さっきの子が嬉しそうにお母さんに何かを報告している。
……もしこの力がなければあの二人は救えなかった。弱かったらあたしも死んであの子達もどうなっていたか分からない。
この力が少しでも役に立ったならよかったかもしれない。
その後も宴会は続いて、酒で少しぼうっとする頭を引きずって寝床に入ったのは、もう月が高く上った頃合いだった。
◆
遠くから金属の鐘を叩くような音が聞こえてくる。
二日酔いかと思ったけど……違う。頭痛はしない。連続する甲高い音からなんとなくわかった……非常事態だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます