第17話 襲擊
ここ数日は、毎日符を使って術の練習をしている。
午前中はいろんなサイズの紙に符を書き、午後は村の郊外で道術を実際に使って練習と言う感じだ。
符の書き方と同じく、術の使い方もインストールされたかのようになんとなくわかるんだけど、使える、と使いこなせるの間には大きな差がある。
スポーツの経験から言うなら、自分の出来ることとできないことを把握しておくことはかなり大事だ。
それに、認め無くないことだけど、ここは平和な日本じゃない。
石の壁を石材に使われるようなのどかな生活が続けばいいんだけど……泰にいる時点でおそらく危険を避けて通ることはできない。
いつか日本に戻るためには最低限自分の身くらいは守れるようじゃないと話にならない。羚羊がいつも守ってくれるわけじゃない。
色々と思うところはあるけど、いつまでもめそめそグダグダしていても状況は好転しない。
バッテリーが切れたスマホを見ると、日本にいる親や友達のことを思い出してしまう
……心配しているだろうか。
気を付けて行って来いよ、と言った父さんの顔が思い出される。台湾は治安良いし、普通に観光してくるだけだよ、といって出てきたけど。
こんなことになるなんて。
「どうかされたのですか?」
「……父さんたちのことを考えてたの」
羚羊がいつものように声を掛けてくるけど、そういうと黙った。
◆
この村に来て2週間ほどした夜。
「ねえ、レオ。一つ聞いていい」
「なんなりと」
寝るとき用のゆるめのシャツとパンツに着替えながら
「あの顔を隠している……なんていうんだっけ?」
「
羚羊が答えてくれる。そういえばあの人からは自己紹介をされてない。あの人も鍾離さんといつも一緒に居る感じだ。
「あの人の道術は占いなんだよね。当たるの?」
「絶対に確実ではないですが、老士が現れる場所を言い当てられました」
ということはかなりその占いとやらは精度が高いということだと思うんだけど。
「……今日、鍾離さんと話しているのを聞いたの……この村に災いが降りかかるって」
今日も練習を終えて村の中を散歩していたのだけど。あの初日に行った鍾離さんの屋敷の側を通った時に聞こえてしまった。多分庭で話していたんだろう。
小さい声だったけど、深刻な口調だった。
「どう思う?」
あたしの問いに羚羊が沈黙した。普段は淡々とした口調ではあるけどはっきりと羚羊は答えを返してくれる。
だからこそ、その沈黙が不安を掻き立てた
◆
その日からさらに3日後。
広場の
練習相手がいない太婀さんも今日はオフにしていたらしく、東屋の近くのベンチに腰かけて昼から酒なんて飲んでいる。
「どうした?鬼蘭。早いな」
馬から飛び降りた鬼蘭が息を整えて駆け寄ってきた。
「
「なんだと?」
太婀さんのちょっと酔った顔が引き締まった。
「どういうことだ?なぜ西夷の兵士がこんなところに?」
鬼蘭があたしをちらりと見て少し口ごもる
「……
それってあたしのこと?そして……これが災いなんだろうか
「いずれにせよ、このまま放っておくわけにはいかねぇ。俺は行くぜ」
鬼蘭が馬にまたがる。屋敷の前に佇んでいた鍾離さんを馬の上から鬼蘭が一瞥した。
「聞いてただろ?いいよな?爺い」
鍾離さんの顔がかすかに歪んだ。
あたり前だけど、何もしなくていい、なんて考えているわけはない。何かできれば、と思っているんだろうというのは伝わってくる。2週間ほど接した感じだと責任感が強い気配りの人って感じだ。鬼蘭は嫌ってるけど、組織のリーダーにふさわしい人だと思う。
でもだからこそ、長の立場で自分のやりたいことをやるってわけにはいかないんだろう。
「クソ爺い!腑抜け!この状況でも何もしねぇのかよ!俺一人でも行くぜ」
黙ってしまった鍾離さんに鬼蘭が吐き捨てるように言うと、馬に飛び乗ってそのまま駆け出して行ってしまった。
やれやれ、と言う顔をして太婀さんが馬に乗る。鍾離さんと目くばせしあって追うように馬で駆け出して行った。
鍾離さんがそれを見送って項垂れる。
見送った村人たちが何か口々にささやき合っていてざわついた雰囲気になっている。
近隣の村が襲われているって話を聞いて穏やかに要られるわけはない。城隍道術で守られてるとしても。それに知り合いだっているだろうし。
「あの……」
鍾離さんに声を掛けると、疲れた顔で鍾離さんがこっちを見た。
「あたしも……行っていいですか?何かの役には立つと思います」
「いえ、客人にそのような真似をさせるわけには」
鍾離さんが言うけど。
「でも……さっきの話だとあたしも無関係じゃないみたいですし」
それを聞いた鍾離さんが苦悩に満ちた表情を浮かべる。しばらく沈黙して、頭を深々と下げた。
「申し訳ない……客人にこのようなことを」
鍾離さんが本当に申し訳なさそうな口調で言う。でも。
客っていうか、今はそれよりも、
さすがにそれを聞いてしまった以上、ここで何もせずにいるのは気が引ける。
「……鬼蘭たちを頼みます」
「レオ、一緒に来てくれる?」
「
羚羊が一礼すると馬を曳いてきてくれた。手伝ってもらってどうにか馬に乗る。前と同じように羚羊があたしの前にまたがって手綱を取った。
「では行きます」
馬が足を踏み鳴らして駆けだした。
◆
土を踏み固めて作ったっぽい道を馬が駆け足で走って行って髪が風になびく。
かなりの速さだ。前に逃げたときよりもかなり早い。
地面を叩く蹄の音の合間に馬の荒い息遣いが聞こえてくるけど、先に行ったはずの太婀さん達に追いつく気配は全くない。
自動車の感覚に慣れているとこの速さがもどかしく感じる。
「ねえ、もっと速く走れないの?」
「二人で乗れば早駆けは難しいです。騎乗を学んでください、
ぴしゃりと言い返されてしまった。
生き物なんだから二人を乗せていればスピードも落ちるのは言われてみれば当たり前か。
ここしばらくは符を使って道術を使う練習ばかりしていたけど、今後のことを考えると色々とやることはありそうだ。
「そろそろです」
羚羊が声を掛けてくる
その肩越しに空に向かって黒い煙が吹きがっているのが見えた
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