第15話 考察
翌日からあたしはこの村、屏南という村らしいけど、そこに御厄介になることになった。
右も左も分からない、お金もない、知り合いもいないじゃどうしようもない。選択の余地はなかった。
ありがたいことにこの村に留まること自体は鍾離さんが認めてくれた。というか、連れてこられて、ハイさようならと言われても困るんだけど。
鍾離さんがもしこのまま隠れて嵐が過ぎるのを待つつもりならあたしを受けれる必要はない気がする。あの人にも何か思うところはあるんだろうか。
◆
屏南村は小さな家が寄り集まった村で人口は大した人数じゃない。多分100人くらいだろう。
昔から道術社會の拠点があったらしくて、今は城隍道術というので隠されている。
城隍道術というのはある種の結界のようなものらしく、外から見ると結界の中は見えない。
一度外まで歩いて出てみたけど、外から見ると本当に単なる草原のようにしか見えない。でも境界線をくぐるといきなり景色が一変する。広々と広がる田んぼや畑、奇妙な自然石の石柱、そして村。
なんでも道術の心得えがある人でないとくぐることもできないそうだ。
「この村には道士しか住んでないの?」
「いえ。道士は
羚羊が答えてくれる。羚羊はいつもあたしに付き従ってくれている。
村の周りは広々とした水田と畑に囲まれていて、家畜とかちらほら見かける。馬や豚、鶏。本当に小さな田舎の村って感じだ。
何もしないのもなんか居心地が悪いから畑の仕事を手伝おうとしたけど、1時間もしないうちにへばってしまった。
夜は涼しかったけど、日が昇ると日本より日差しが強い。あたしは富山出身で、大学は東京って感じだけど、富山のみならず東京よりも日差しが強くて気温が高い。
一度旅行に行った沖縄とは違う、ちょっと湿った暑さが台北とかを思い出させてくれた。
それに、そもそも農業には縁がない生活をしていたし、農業用の機械なんてものもなかったから、草を取るにしても剪定をするにしても全部が肉体労働だ。
不慣れな人が混ざると効率が悪くなるようで、結局やんわりと退出させられてしまった。
翌日ヒドイ筋肉痛になったけど、鍾離さんが直してくれた。
◆
結局やることがないまま5日ほどが過ぎた。
「正直言ってさ」
「はい」
「……ただでご飯だけ食べているのは心苦しいわ」
食事は結構おいしい。
粽とかが多いけど、乾燥させたフルーツが出てきたり、焼売のようなものが出てきたりと結構バリエーションが豊富だ。独特の香料は最初は苦手だったけど、なんとなく慣れてしまった。
ただ、おそらく食糧事情がいいとは言えないだろなーというのはなんとなく分かるし、なんか食べさせてもらっているだけというのは後ろめたい感じがする。
そして、その辺が気まずいというのもあるんだけど、正直言ってとにかく暇だ。
テレビもインターネットもなにもないから何もやることがない。
「道士の仕事は畑の手入れではありません、
羚羊が相変わらず淡々とした口調で言う。
「じゃあなにするのよ」
羚羊が答えずに指さした先には、素手で組手をする鬼蘭と太婀さんがいた。
「道士は技を磨き、その力を示す時に備えるものです」
言われてみればあの時に符を使い切ってしまって残りは一枚しかない。
それに、自分の魔法というか道術がどんなものか試してみたい。
それによく考えれば、あの時は必至で逃げるだけだったけど、ようやく落ち着いて自分が魔法使いだという実感に浸れるんだ。
◆
早速、墨と紙をもらって符を書いてみた。
不思議なもので、昔から知っていたかのように手が勝手に動いて紙に文字を描いていく。
ちょっと自分の手じゃないみたいで怖かったけど、火水木金土のアイコンと文様を書いて朱で印を描くと、自分で書いたものとは思えない符が目の前にあった。
符は書き終えたばかりだとただの紙で、持ってもアイコンが現れたりしない。
ただ、少しづつ力がチャージされているのを感じる。
おそらく道術を使うための力がたまるには時間がかかるだろう、ということはなんとなくわかった。
せっかくだから小さい紙に描いたりもしてみたけど、小さい紙の方が力がたまるのは早いみたいだ。これは色々と考察する余地がある。
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