第25話 道侠


「どきなさい」


 そういうと、兵士たちが弾かれた様に道を開けた。術者が倒れたからなのか、羚羊が立ち上がる。

 

「大丈夫ですか?羚羊」

「はい、老士せんせい


 香藝さんが心配そうに羚羊に聞くけど。どうやら特に問題はないらしい。

 体についた土ぼこりを払って、油断なく槍を構えるけど、兵士たちは遠巻きに矛を構えているだけだ。逃げ腰なのが伝わってくる。


 まあ、指揮官と思しき道士は倒れてるし、さっき半数を蹴散らした羚羊まで立ち上がったんだから、さすがに戦おうなんて気は起きないか。


「いきましょ」


 羚羊を見るけど、確かに特に体におかしなところはなさそうだ。

 道士はなんというか、手ひどく殴られたボクサーみたいな顔になってるけど、どうやら死んではいないっぽかった。

 いまさらこんなことを考えるのも偽善だとは思うけど、ちょっと安心する。


「そういえば禁術チンシューってのはなんなの?」

「道術を禁ずる術です。ただ、達人になれば道術のみならずあらゆるものを禁ずることができると言います」


 後ろの警戒を怠らずに羚羊が教えてくれる。

 どうやら推測は当たっていたらしい。城隍道術を解いたのもあいつなんだろう。ただ、あらゆるものの意味はちょっと分からなかった。

 

「どういう意味?」

「刃を禁ずればその剣は切れることがなくなり、燃ゆるを禁ずれば火が消え、羽を禁ずれば鳥は飛ぶことが出来なくなります」


「レオはなんで動けなくなったの?あたしは動けなくはならなかったけど」

「私は道術によって動いていますから。私の道術を禁じられれば、私は何もできなくなってしまいます」


 エネルギーの根幹を絶たれるようなものか。禁術使いはどうやら羚羊の天敵らしい。

 あたしや鬼蘭のような直接的な攻撃力は無いけど、軍隊とかと組まれると厄介な術だ。あたしだって全系統を禁じられたらどうにもならなかったわけだし。

 

 馬が進んで兵士の姿がだいぶ遠くなった。羚羊が手綱を引くと馬が少し足を緩める。


「ところで失礼ながら申し上げます、老士」


 振り返らないままに羚羊が声を掛けてきた

 

「なに?」

「あの状況なら私のことに構わず逃げるのが最善の判断です」


 羚羊が普段通りの口調で言う。


「レオ、あなたは逆の立場なら逃げる?」

「いえ、逃げません。老士をお守りするのが私の務めです


「ならあたしも逃げないわ」

「老士の仕事は私を守ることではありません。逃げるべきです」


「ああそう。でも覚えておいて。あたしもそうしないわ。レオはあたしを守ってくれた。だから」

「……そうですか」


 あたしにだってプライドってものはある。自分を守ってくれている羚羊を見捨てて一人で行き残るなんて格好悪すぎだ。

 馬の脚をとめて羚羊があたしを見た。


「老士は……道侠なのですね」

「なにそれ?」


「権力に阿らず、義を重んじ民のために戦う道士のことです。武人は武侠などとも言います」

「へえ」


 ……道侠ね。

 ちょっと柄じゃないような気もするけど、格好いいというか、悪くない。


「ですが……命は大事にされてください。私は壊れても修復できますが、老士せんせいはそうではありません」


 淡々と、でも真剣な口調で羚羊が言う。ガラスと青玉を組み合わせてできた静かな目があたしを見つめていた。

 軽くうなづくと、また羚羊が馬を走らせ始めた。


 しばらく走ると小さな丘が見えてきて、先についていた太婀さん達が手を振っていた。あっちには待ち伏せは無かったらしい。

 太婀さんと羚羊と鹰猎さんが何か話している。


 南へ行け、と鍾離さんは言っていた。

 南には何があるんだろう。このあとどうなるんだろう。


 でもなんとか生き延びないといけない。

 飛龍と戦った時に思い出したのは、日本にいるはずの母さんと父さんの顔だった。


 生き延びて帰って……母さんと父さんにただいまをいうんだ。



 ドラゴンノベルズの応募の規定上、一旦ここで区切りにしています。

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动荡泰朝道侠伝~魔法が迫害される中華風異世界に魔法使いとして転生しました ユキミヤリンドウ/夏風ユキト @yukimiyarindou

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