マクシミリアンの悩み
腕の中で愛しい人が安心しきったような顔で眠っている。
これは、なんと幸せなことなのだろう。
マクシミリアンはすぅすぅと気持ちよさそうな寝息を立てている妻の額にそっと唇で触れる。
「ん……」
小さく身じろぎされ、起こしてしまったかと顔を覗き込めば、その目蓋はしっかりと閉じられたままで、寝息も乱れてはいない。
安心して、そっと頭を枕に沈める。
――それにしても。
我が妻は、なんと美しいことだろうか。
本人に自覚はないようだが、ベアトリスはかなりエルフ好みの外見をしている。人間からすればきつめの顔立ちかもしれないが、エルフたちからすればあのような凛とした美女は好まれる。
しかも、彼女のまとう空気は精霊やエルフのそれに近く、人間とは思えないほどに肌に馴染む。隣にいて違和感などない。
当初「人間などを妻にするだなんて」と彼女を否定していた一部のエルフたちを黙らせたのは、コレウスがあちらに配ったベアトリスの絵姿だったというのだから、マクシミリアンと並んでいるところを見たところで見劣りすると思うものは多くないだろうと思っている。
いや、マクシミリアンからすれば、ベアトリスはこの世のなによりも愛しく、美しく、輝いて見えるのだ。
――ヴェヌスタよりも、と言ったら女神は怒るだろうか。
良い顔はしないかもしれないが、それでも怒りはしないような気がする。ヴェヌスタは自身の美しさを自覚している女神ではあるが、自己愛が強いわけでもないのだ。
清らかで、時に無邪気で愛らしいベアトリスに対してよこしまな思いを抱くことに、罪悪感が全くないわけではない。でも、自分たちは夫婦なのだ。彼女の身体をマクシミリアンの好きにしたところで、彼女の同意があるのなら問題はない。はずだ。
いや、許可なら出ている。とっくに出ている。
ただ、タイミングが合わず、こうして毎夜同衾しているにも関わらず彼らは清い関係だった。いや、清いと言い切るには少し過剰なスキンシップを取ってはいたが、それでもことに至ってはいない。
本当に清い身体のベアトリスとは違って、マクシミリアンはそういう快楽について知っているのだ。彼女の身体はいかなるものかと想像すれば堪らなくなる。手を少し動かせば、思いを果たせるくらい近くに彼女がいる状態で、耐えなければいけないというのは、かなりきつい。
先日、マクシミリアンの能力値を計測しに来たアレクサンダーから
「マスター、肉体抵抗値が上がったようですが、どのような訓練をなさったのですか」
と聞かれた時には真顔になった。
「マスターほどの方となると、これ以上能力値が上がることはないと思っていたのですが……おや精神抵抗値も上がっていますね。これは一体……」
真顔どころじゃない。
虚無だ。
それを指摘された時のマクシミリアンは、まさに無というに相応しい顔になっていた。
その表情から察したのだろう。すっと視線を逸らしたアレクサンダーは「ベアトリス様は、非常に優秀でいらっしゃいますよ。精力的に学び、多くの魔法を取得していかれています」とフォローするように言ったのだが、その瞬間、その部屋を爆破させてやろうかと思うくらいには腹が立った。辛うじて怒りを飲み込んだマクシミリアンは笑顔を作ってアレクサンダーに追加の仕事を命じたのだが――
――よもや、このまま永遠に彼女を抱けないなどということはないよな?
最近のマクシミリアン最大の悩み事は、他人からすればくだらないの骨頂、本人からすれば大問題な、そんな内容なのであった。
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