マクシミリアンの宝物

 マクシミリアン・シルヴェニアには大切にしているものがある。その最たるものは妻なのだが、彼女に関するものもすべて宝物なのだと言って良い。

 例えば、彼女が初めて作ってくれた手料理に添えられていたリボンだとか、友人と出掛けた先で見つけてきた髪紐だとか。数え上げればきりがない。

 その中でも一番古いものについては、多分彼女は覚えていない。とっくに忘れているだろう。


 ママクシミリアンは箱の中から小さなカードを取り出す。可愛らしい花の印刷されたそれには、幼いながらも整った字で


『司書様

 いつも高いところのご本を取ってくださってありがとうございます。

  ベアトリス』


 と書かれている。

 これはその昔、マクシミリアンが王城の図書館の司書の姿で城に出入りしていた際に、ベアトリスから貰ったものだった。


 あの頃のベアトリスは、まだ王子の妃候補の一人だったのだろう。王城での面談や事前教育など、適性を見られていた頃だったのだと思う。

 勉強熱心な彼女は、いつも城での『お勉強』のあと、許可をもらって王城内の図書館に来ていた。父親の仕事が終わるのを待っていたのかもしれない。

 図書館で見かける彼女は、頻繁に梯子の上にいた。しかし、小さな身体では梯子を使っても最上段には手が届かない。第一、高いところで爪先立ちになるのは危険だ。

 そんな姿を見つけるたび「どれが読みたいのかな?」と尋ねては取ってあげる、ということを繰り返していたら顔を覚えられてしまったようだった。

 本の内容について質問すれば、ちゃんと理解している。物語だけでなく、歴史書や専門書なども読んでいた。聡い子だとは思っていた。

 一冊だけを選んで、ちゃんと席に座って読んでいる姿は、自分の周りに何冊もの本を積んで読んでいたとある娘とはだいぶ違う。あの子もかなり成長したが、人間である彼女はもっと早く大人になってしまうのだろう。

 そんなに急ぐ必要はないのに、と思うが、エルフのマクシミリアンと人間の彼女では、時間の価値が違う。あまりにも姿の変わらない人間がいたら不審がられるだろうといくつかの姿を使い分けだした頃に、この手紙を貰った。

 笑顔で受け取ったものの、マクシミリアンは幼いベアトリスと、このまま手紙のやり取りのようなままごとを続けるつもりもなかった。その日以降、ベアトリスに本を取ってくれていた司書は図書館からだけでなく、この世から姿を消した。


 の、だが、なんの因果かどんなに姿を変えてもベアトリスとは縁が出来てしまった。

 どの役職に収まろうと、何故か彼女の近くに行くことになってしまう。何度目かで諦め、彼女とまともに会話を交わすようになったのが、彼女も覚えているあの司書の姿。

 マクシミリアンはベアトリスにこの話をする気は、まだない。いつか彼女がカードでもくれた時に、あなたから最初に貰ったカードはこれだ、と見せるつもりなのだった。

 ――それが、愛の言葉が書かれている恋文だと嬉しいのだが。

 などと考えていたマクシミリアンは、近い将来彼女から受け取る手紙が、熱烈なラブレターになるとは想像だにしていなかった。

 

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