ミレーナは入れ知恵する。②

「彼シャツ?」

「はい!」

「……で?」


 今日もミレーナはマクシミリアンの知らない単語を口にする。

 なんだそれは、と聞き返すのも面倒になり、さっさと説明しろという意味で顎をしゃくれば、ミレーナは自分のドレスの両肩あたりをつまんだ。


「男の人のお洋服を、その人の奥さんや恋人に着させることを言うんですよ」


 それで? とマクシミリアンは手で促す。


「えー、ときめきません?」

「何にだ」

「お姉様が、シルヴェニア卿のお洋服を着てるんですよ? 寝る時とか、お風呂上がりとかに」


 そう言われたマクシミリアンは、ベアトリスが自分の服を着ている場面を想像してみたのだが――


「それ、危険すぎないか?」


 冷静に考えて、非常によろしくない。

 なにが、と問われれば、露出度が、である。


 マクシミリアンはいつもゆったりしたローブを羽織ってはいるが、その下はかなり胸元が開いている。部屋着となると魔導師のローブは当然だが着ない。ベアトリスも、初めは目のやり場に困ったようだ。

 マクシミリアンは男なので気にしていない部分が大きいのだが、女性なら動くたびに胸がまろびでそうになり落ち着かないに違いない。

 加えて言えば、腰より少し下までの長さの上着は、普段はベルトで留めているのだが、あれをネグリジェのように着るとなると、胸元も足も隙だらけと言うしかない。少し動いただけで全部丸見えになってしまうだろう。

 ――別に、私は見せてくれても構わないのだが。

 恥ずかしがる妻はいじらしくて堪らんだろうな、という妄想も容易い。しかし。


「それに、ビーの入浴や着替えは、クララとアミカが手伝っているんだ。彼女たちが私の服をビーに着せるとは思えん」

「…………あー…………」


 ミレーナは入浴や着替えの補助という立場のものがいることを失念していたのか、ミレーナはあちやーという顔になった。


「あーそっかー。そういうお手伝いされる生活が普通な貴族だと、彼シャツさせるのは難しいんですね」


 しばらく悩んでいたミレーナは「あ、じゃあ雨が急に降り出した時に自分のマントに入れてあげるとか」と言い出したのだが、それも


「防御壁を張ればいいだろうが」


 とあっさり否定する。


「もうっ! シルヴェニア卿ってばなんにもわかってないんですから!」


 ミレーナから憤られても、マクシミリアンは自分の発言のなにが悪いのかさっぱりわからない。

 本日の入れ知恵は、失敗に終わったようだった。

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