ソフィーはミレーナから相談を受けた。

「どうしましょう」


 青い顔でやってきたミレーナに、ソフィーは首を傾げた。現状聖女をここまで疲弊させるようなトラブルは発生していない。どうしたのかと思えば、顔を覆った彼女は「ネタ切れです……っ」とこの世の終わりのような声を出した。


「……ネタ、とは?」

「そんなの、シルヴェニア卿とお姉様のイチャイチャのネタに決まってるじゃないですか!」


 ――決まってないと思う。

 そんなツッコミを飲み込んで、ソフィーは読みかけの本を閉じて置いた。


「秋には、ハロウィンっていう美味しいネタがあったんですよ。あったんですけど、この世界でモンスターの仮想なんてしても面白みはないじゃないですか」

「ミレーナ様の世界では、モンスターの仮装をして楽しんでいたんですか?」

「いつもじゃないですよ。ハロウィンの季節になると、吸血鬼とかゾンビとか魔女とかそういうのの仮装をして遊ぶ人たちもいたんです。普段と違う格好ですよ、なんかこう、来るじゃないですか」

「わかりませんけれど」

「でもこの世界にはリアルにいるんですもの。それに、そういう仮装をシルヴェニア卿が好むとも思いませんし」


 ベアトリスが他種族の扮装をしたところを想像してみる。多分、変な方向に嫉妬するのだろうな、という予感しかしない。


「エルフ耳つけても、なんか……複雑じゃないですか?」

「複雑、でしょうね」


 お互いに通じる言語を話す種族が1つしかいないというミレーナの世界とは違って、こちらの世界には人語を理解する様々な種族が存在している。森の住人であるエルフや海の住人である人魚、それから幻獣。マクシミリアン・シルヴェニアがそれぞれの種族に対してどのように考えているかもわからないから、ものによっては彼の怒りを踏み抜くだろう。

 しかも、あの2人はその寿命の違いが切実な問題なのだ。確実にベアトリスはマクシミリアンを置いて逝ってしまうのだし、その後の彼が誰かを愛し、いずれは夫婦になって愛を囁くかもしれないと思えば、なにも感じないというわけにはいかないだろう。

 一瞬でも『エルフになったベアトリス』などという夢を見せるのはあまり好ましくないように思えた。

 ――そういう想像や気遣いはできるのよね、この聖女様。

 普段の言動が、こちらの世界の人間ではないということもあって多少突拍子もないから忘れがちだが、彼女は馬鹿ではないのだ。短絡的なわけでもない。多少、あの夫婦の話になると暴走しがちだが、自分がどう見られているかをわかってそのように振舞っている部分があることは、近くにいるソフィーは十分に理解していた。

 ものを知らず、天真爛漫なキャラの方が場を誤魔化せることは多々ある。その態度が愚かな小娘だという誤解を生んでもいるのだが、彼女に気にする様子はない。

 ――わたしはお姉様が幸せになってくれるならそれで良いんです、ね。

 愚かな振りをしてエミリオに同調したりすることで、ベアトリスの逃げる隙を作っていたりもするのにあの夫婦が未だに気付いていないとは思えないが……どうにもから回っているようにも思えてしまう。


「メイド服やら聖職者とかも盛り上がる仮装だったんですけど、メイドさんてこの社会には普通にいますし、妻に使用人の格好をさせて喜ぶひとでもないじゃないですか、シルヴェニア卿」

「それは、そうでしょうね」


 そんな貴族の男がいたら、張り倒したくなってしまうかもしれない。


「聖職者って言ったら、ご自分が元大司祭ですよね。そういう立場だった人が、聖職者の衣装に欲情するとも思えないですし」

「……欲情……?」


 ――この聖女様はベアトリスになにをやらせようとしているの?

 若干引いたソフィーではあったが、彼女の提案でマクシミリアンが楽しんでいることも多々あるようだからもうしばらく様子を見ることにする。あれも違うこれも違う、とベアトリスに着せたい服について色々と言っては拒否していたミレーナを眺めながら、同じくあれこれと想像してみたソフィーは、そのうちに想像力の限界が来て思考を放棄する。


「あ。思い出しました」

「なにをですか?」


 ぱっと顔を上げたミレーナは真剣な顔になっている。


「エルフの耳みたいな形に作ったアクセサリーがあったんです、私の世界」


 なに、それ。

 想像できずに小さく眉を寄せたソフィーに、その辺にあった紙とペンを取ったミレーナはイメージ画を描いていく。彼女の絵は妙に上手で、モデルは明らかにベアトリスのようだった。

 ミレーナいわく、耳朶全体に、エルフのように尖った形にかたどったワイヤーのような耳飾り――イヤーカフを装着するのだという。他にも、人魚をイメージしたものや、翼の形、動物の形で作られることもあったらしい。


「蝶や植物がモチーフになっていることが多かったんですけど、このイヤーカフをシルヴェニア卿の紋に使われている植物のデザインで作ったら……どうでしょう。尖った形にしなくても良いんですし」

「それは――」


 彼の紋を知っているひとから見たら、明らかな彼の印になるだろう。


「提案してきます」

「え? ミレーナ様? 今日はこのあと歴史のお勉強が……」

「今度やります!」

「ま、待ってください!!」


 駆けだしていくミレーナは止められない。こういう時、彼女は普段よりも動きが素早いのだ。あまり足の速くないソフィーには追い付けない。しかも、ミレーナの言動を迷惑がりつつも面白がっている様子のあるシルヴェニア卿は、自分の執務室の近くへの転移魔法陣まで彼女に与えてしまっているのだ。今頃はもう、今の話をしているかもしれない。

 

「もう、課題増やしますからね!」


 彼女が走り去った方へそう言ったソフィーは、溜息を吐きながらまた読書を再開させた。


 後日「マクス様からいただいたの」とベアトリスが見せてきたのは、僅かに尖ってエルフを連想させるような、植物モチーフのイヤーカフだった。


「なんだか最近、全身マクス様の意匠で飾られているような気がするわ。そんなことをしなくても、私はマクス様のものなのに」


 そう言った彼女がなにやら幸せそうだったので、ソフィーはなにも言わずに微笑んで返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小話集:結婚式当日に婚約破棄を告げられた公爵令嬢、即日チートな旦那様と契約結婚させていただきました。 二辻 @senyoko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ