ミレーナは入れ知恵する

「シルヴェニア卿……愛してるゲームって知ってますか?」


 ――また知らない言葉を言い出したな。

 マクシミリアンはミレーナを見て思う。

 彼女は妙な知識ばかり持っている。かなり物知りだろうマクシミリアンでも知らないような文化をたくさん知っているのだ。そういう意味では、彼女との会話は有意義なものだった。


「なんだ、それは」


 当然そんなもの聞いたことがないので、マクシミリアンは真顔で返す。


「これ、お姉様とぜひやってみていただきたいんですが。まず、ゲームをしたい相手と向かい合って座ります。それから、交互に『好き』とか『愛してる』って言っていくんです」

「……は?」

「それで、言われた方は、照れないように、反応しないように耐えるんです」

「なんだ、その遊技は」

「だから、愛してるゲームですってば」


 そういうことは聞いていない。聞いていないのだ。

 一見、非常にくだらない遊戯だ。その言葉はそのように遊びに使うものではない。

 そうは思うが、マクシミリアンがそのゲームをするにあたって想定する相手は1人だけ、彼の最愛の妻である。

 と、なると話は変わってくる。

 ――ビーから『愛してる』と言ってもらえるだと?

 普段は照れてしまうのか、彼女はなかなかそのような愛の言葉を口にしてくれない。しかしこれならば、ゲームだと言い張れば、その言葉を存分に耳にすることが出来るではないか。

 この場合、問題になるのはそのゲームの勝敗についてである。


「それで、勝負はどのようにつけるんだ」

「言う方でも言われた方でも、照れたら負けです。反応しちゃダメなんです」

「無理だろ」


 マクシミリアンは、ミレーナの答えに間髪入れず答える。むしろ、彼女の言葉の最後に食い込む勢いで返した。 


「……あ、やっぱりですか?」


 ですよねぇ、と笑うミレーナは、その様子を想像できるらしい。

 例えゲームでの文言だったとしても「愛してる」「好き」だなんてベアトリスから連呼されて無反応でいられる自信はない。なにせ、そんなの、考えただけで頬が緩みそうなのだから。


「意外と、お姉様の方が強そうですよねぇ」

「そんなことはない!」


 思わず声に力がこもる。驚いた顔をしたミレーナに、マクシミリアンは続ける。


「ビーは、少し愛を囁いただけで真っ赤になるんだぞ? その彼女が、私からの『愛してる』という言葉に無反応だなんてことがあるはずがあるか」

「……じゃあ、先行有利ってことですね」

「そういう話をしているわけでもないぞ」

「え、シルヴェニア卿、お姉様に思う存分『好き』とか『愛してる』とか言いたくないんですか?」

「言いたいに決まっているし、言われたいにも決まっているだろうが」

「ですよね? ほら、お姉様って意外と負けず嫌いじゃないですか。勝負となったら、簡単に照れたりしないで聞いてくれそうだし、言ってくれそうですよぉ」

「それはそうだ」


 彼女が負けず嫌いなのはマクシミリアンも良く知っている。


「……やってみるか」

「あ! 結果教えてくださいね!」


 楽しみにしてます! と親指を立ててみせたミレーナに、同じ仕草を真似したマクシミリアンは、忘れていたことがある。

 彼女に負けず劣らず簡単に負けるのは好まないマクシミリアンだが、彼が唯一負けていいと思っているのは最愛の妻だ。つまり、この時点で勝負はついている。彼がそのことに気付いたのは、ゲームを始めた直後だった。

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