第5話 漢の釣り勝負(渓流編)

「それにしてもまさか兄貴がウィリアム・バーンズだったとはなあ。俺もあんま本読む方じゃないが兄貴の本は全部読んでるよ。これはっやぱり運命だったって事だよなあ」


 感じ入ったように腕を組んで何やら1人で頷いているトウガ。

 本を読んで運命マッチングなら世界中に恐ろしい数の対象者がいるのだが……とは思っても口に出さないウィリアム。

 そんな彼らの目の前で伊東が担架で運ばれていく。

 あのゴリラのジョージは何だったのだろうか……謎は深まるばかりだ。


 しかしそんな運命の男はウィリアムたちの宿泊する予定のホテルまでは付いてくる事ができなかった。

 何故ならパルテリースが彼のそれまでの稼ぎを一食で全部消費したからである。

 流石に申し訳ないので宿代を出そうか?とウィリアムが持ちかけたがトウガはそれを固辞した。


「メシを奢ったから金無くなったんで宿代出してもらいます、じゃ筋が通らねえぜ。心配すんな先生、俺はいつものボロ宿に戻るよ。明日また顔出すからよ」


 やっぱり明日も来る気らしい。

 その辺はもうウィリアムは諦めモードだ。


 こうしてウィリアム・バーンズ御一行様のムラーク島訪問の初日は非常にドタバタしたものとなった。

 日は陰りようやく予約していたホテルの部屋に落ち着くウィリアム。

 その後パルテリースと共にホテルの豪勢な夕食を楽しみ、1人で大浴場で汗を流し、さっぱりした所で明かりを落としベッドに入る。


 それにしても初日からバカンスを楽しむのにあまりにもノイズとなる情報を大量に仕入れてしまった。


(ガイアードテクニクス社の侵略に頑なに人を拒むエルフたち……そしてカンチョーして去っていくゴリラと飼い主か……)


 特にゴリラと飼い主が謎だった。


 ────────────────


 ガイアードテクニクス、ムラーク島支社。

 ジャングルの奥地に突如として現れる巨大な工場地帯。

 その一角にあるビルの最上階にその男のための部屋がある。

 ガラス張りの壁から夜も変わらず稼動し続ける自分の工場を見下ろす男。

 トウガほどではないがかなりの巨漢だ。

 肩幅もあり、なんというか全身が分厚い。

 金髪をオールバックにし葉巻を咥えているスーツ姿のその男……。

 ガイアードテクニクス社社長、エイブラハム・ガイアード。


花田山はなだやまく~ん、聞いてるよお? 君、キュウリ連れてアンカーに遊びに行っちゃったんだってねえ?」


 台詞の内容ほど砕けた調子ではない低い声でエイブラハムが言う。

 その台詞に彼の背後に畏まる男……リーゼントのセルゲイ・花田山がビクッと肩を震わせた。


「いや、その……社長ボス……それは……」

「わかるよわかるんだよなぁ、君の考えてる事はさぁ。つい昔のお友達に見せびらかしたくなっちゃったんだろ~? 新しく手に入れたオモチャをさあ」


 滝汗を流して反論できずにいるセルゲイ。


「困るんだよなあ。総督府とはこっちのやる事には不干渉だって話は付いてる。だがそれはあくまでも向こうの管理下のエリアで騒ぎを起こさなければって話だ。さっきエンリケ総督から抗議が来たぞ~?」


 話しながら自分のデスクに向かうエイブラハム。

 豪華な肘置きの付いたデスクチェアを引くとそこにどかっと腰を下ろす。

 そして両手を組むと肘を机の上に置いてぐぐっと前のめりになった。


「……次同じことやったら殺すから今回は勘弁してくれって言っておいたよ」

「ッ!!!」


 飛び上がるセルゲイ。

 そして直立姿勢のままガタガタと震えている。


「フッフッフ……ハッハッハッハ!! 冗談! 冗談だよ花田山くん。そうビクビクするなって」


 エイブラハムはケースから新たな葉巻を取り出し卓上の女神像型のライターで火を着けた。


「花田山くん、君の仕事はなんだ?」

「は、はッ! エルフどもをブッ潰して我が社の工場を広げる事であります!!」


 エイブラハムはうんうんと肯いてからフーッと紫煙を吐いた。


「その通りだよ花田山くん。頑張ってくれよ~? 君には期待してるんだからさあ」

「イエッサーッッ!!」


 敬礼してセルゲイは慌ただしく退出していった。

 その背を見送るエイブラハムが酷く冷たい目をしている事にも気付かずに。


 ────────────────


 ウィリアム来島から一夜が明けた。今日も空は素晴らしい快晴だ。

 パリリンカ諸島と言えば何といっても綺麗な海に砂浜。

 楽しいマリンレジャー。

 しかし浜へは全員揃ったら行こうという話になっているので今日はキャンプである。

 ウィリアムはパルテリースと、そしてやはり付いてきた緒仁原トウガと共に渓流にやってきた。


 ……そして実は今日のこの日をある意味で海以上にウィリアムは楽しみにしていたのだった。


 鼻歌を歌いながらウィリアムがマイ竿ロッドを取り出す。

 そう、渓流と言えば……釣り!

 そして釣りは冒険家としての必須技能スキルにしてウィリアム・バーンズの趣味にして特技だったのだ。


 その辺まったく興味のないパルテリースは早速野原にシートを広げるとその上で呑気に昼寝を始める。


「お、先生こっちもかなりいけそうじゃねえか」


 声を掛けられてウィリアムがそちらを見るとトウガも自前の竿を出している所だ。


「ほほぅ……」


 ウィリアムの目がキラーンと輝いた。

 見ただけでわかる、彼が一角の釣り人であるということが。


「こりゃ昨日のリベンジができそうかなあ?」


 ニヤリと不敵に笑うトウガ。

 釣果で競おうと言うのか。

 自然とウィリアムも強気の笑みになる。

 彼にしてみればワンパン勝負などよりこちらの方がよほど得意分野だ。


「ふふ、構わないが私は君が生まれる前から釣り糸を垂らしていた男だぞ」

「決まりだな。勝負は数かサイズか……まあお互いの釣り上げたモン見て判断するか!」


 こうして2人の男は渓流に挑みかかるのであった。


 ──────2時間後。


「何故だッッッ!!!!」

「ッっしゃあッッ!!!」


 跪くウィリアム。

 ガッツポーズを取るトウガ。


 ウィリアムのバケツの中には指くらいの大きさの魚が3匹泳いでいる。

 そしてトウガの持ってきた大きめの桶の中には片手では持てないサイズの魚が5匹優雅に泳いでいた。

 いつの間にか起きてきたパルテリースが2人の釣果を見比べる。


「おお~トーガすっごいねえ~。先生の方は……えーと、なんか見てると心がキレイになる感じ?」

「やめろッ! 無理に褒めるんじゃない! その優しさはかえって私を傷付ける!!」


 四つん這いのまま嘆くウィリアム。


(冒険家の私がアウトドアのスキルで武術家のトウガに後れを取るとは……!! まあそれ言ったら私はその武術家に打撃勝負で勝ったんだが……。あべこべだ! あべこべではないか!!)


 暫し亀のように俯いて動けなくなるウィリアム。

 そんな彼の背をパルテリースが優しく撫でている。


「あ……」


 不意にパルテリースが遠くを見るような仕草を取った。

 ウィリアムも顔を上げて彼女のその視線を追う。

 河原の先は草原になっており、その更に先は……。


 森だ。


 パルテリースはその森を見ている。

 ウィリアムもそこでようやく「その気配」を感じ取った。

 ……今、あの森の奥で戦闘が起こっている。

 この感覚の鋭敏さはハイエルフ故のものなのかパルテリースが一段上手である。


 件の企業のキュウリ兵と森のエルフか。


(いや、私が関わるべき問題じゃない)


 ふと頭に浮かんだ考えを首を横に振って打ち消すウィリアム。

 この事態はこれまでのこの島のエルフ族のスタンス……多種族との関わり方が起因している部分が大きいと昨日分析したはずだ。


 しかし……。


「先生」


 そんなウィリアムの手をパルテリースが優しく引く。

 いつものあの陽だまりのような微笑みで。


「行こ?」

「…………………………そうだな」


 無理に自分を納得させるのはやめにする。

 例えそれを禁じる法が無かったとしても……。

 彼らが閉鎖的で排他的な種族だったとしても……。

 それでも侵略を受けていいという理由にはならない。


 愛用の長剣を拾ったウィリアムがパルテリースと共に森へと走り出す。


「がははは。先生はお人好しだぜ」


 そして楽し気に笑ったトウガも彼らを追って走り出すのだった。



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