第14話 立ち向かう者
恐るべき警告を残していった魔人のメイド、カルラ。
宣戦布告に等しい発言をしていったので流石にもうこの街にはいないかとウィリアムは思っていたのが全くそんな事はなく今日も彼女はカレー専門店「やたらナマステ」の店内で牛すじの煮込みカレーを食べているのだった。
「なんですか。あげませんよ」
自分を見ているウィリアムの視線に気付いた彼女が若干カレー皿をかばい気味に言う。
いや、とウィリアムは首を横に振るとやむを得ず他の店で昼食を取ることにした。
流石に同じ店内で堂々と食事ができるほどの胆力はない。
「どこへ行くのですか、他で食事を取る気ですか? カレーより優先するべき料理があると? 承服しかねます」
メイドは追ってきた!!! カレー皿を手にしたままで!!!
とっつかまって結局ウィリアムはカレーを食べることになった。
……美味いは美味いんだが。
カレー屋に引きずっていってカレーを食わせた割には特に話があるわけでもなさそうなカルラ。
今日は相席にもしてこない。
何を考えているのかまったくわからない。
とりあえずカレーが異様に好きだという事だけはわかるが。
カレーを取引材料に戦闘を回避できないだろうか? とバカな考えまで思い浮かぶウィリアム。
結局会話がないまま、食べ終えた2人は同時に店を出る。
食べ始めた時間は圧倒的にカルラが先なのだが彼女は量を食べるので食べ終える時間が同じなのだ。
「やれやれ、またここか。よく飽きないね」
そして店外に出た2人にそう声を掛けてくる者がいた。
「……
「やあ、一別以来だね」
初老の紳士は優雅に被っていた山高帽を上げて挨拶した。
────────────────
『どうした。突然連絡を入れてくるとは』
受話器の向こうから聞こえる低い声はしわがれて掠れていたがそれでも往年の「圧」は聊かの衰えもないものだ。
「ご相談がありまして……
蒸気式電話機の受話器を手にしているのはエイブラハム・ガイアード。
豪腕独裁経営者の顔は普段滅多に見せない緊張に引き攣っている。
「ジャングルの工場の一件ですがエルフたちが
『断る』
言下に切って捨てる会長。
エイブラハムの表情が苦しげに歪んだ。
『私が乗り出すと言う事はお前が全てを放棄するという事だ。何もかも諦めて撤退するというのならその後は引き継いでやろう』
「…………………………………………」
この返答は想定していたものだった。
それでもエイブラハムの握り締めた拳は小刻みに震えている。
『お前のことはもう少し優秀だと思っていたが、どうやら私の買いかぶりだったようだ』
通話は途切れた。
午後の陽が差す社長室でエイブラハムはしばし動けず彫像のように不動のままとなっていた。
────────────────
カレー屋の前からウィリアムたちは港へ移動してきていた。
落ち着いて話ができる場所へ同行願いたいとウィリアムが2人を連れてきたのだ。
ここでなら周囲に話を聞かれる事を気にしなくていい。
「何故私を殺す仕事を請けた?」
「ああ、その話か。カルラが話したのかな? 仕方のないやつだ」
やれやれ、と黒色卿が嘆息する。
「ガイアード社には知人が勤めていてね。彼女のヘルプだよ。小さな頃から面倒を見ている子でね。頼まれると無下にはできない」
「……そうか」
そう反応するしかないウィリアム。
会社ではなく内部に縁者がいたという事か。
確かにガイアード側からすれば自分は憎むべき障害だろう。
「ガイアードエリア内部に侵入があればという条件だ。カルラの相手をするのがイヤならば来なければいいだけだよ、ウィリアム君」
先日のカルラと同じ事を言う黒色卿。
「だが……」
そこで紳士は瞳を細める。
「君は来るだろうがね」
「……何故だ?」
フフ、と黒色卿は笑う。
それは蔑みの笑みではない。
「君の目だよ、ウィリアム君。君の目は『立ち向かう者』の目だ。自らに困難が降りかかった時にやり過ごしたり背を向けたりする事ができない者の目なんだよ」
「…………………………………」
返答ができずにいるウィリアム。
黒色卿が構わず言葉を続ける。
「沢山のものを背負ってここまで来たな。いくつもの大きな事を成してきた。……だが今度は一筋縄ではいかんよ。もしも立ち向かってくるのなら……」
傍らに立つ無表情のメイドを見る紳士。
「このカルラが君の生涯で最強の壁として立ちはだかるだろう。私はそれを楽しみに見せてもらう事にするよ」
急に強い風が吹いてウィリアムが目を細めた。
そしてその風が収まった時、2人の姿は既にどこにもなかった。
────────────────
複雑な思いを抱えながらホテルに戻ってきたウィリアム。
「……先生、おい……!」
ホテルの入り口近くで声を掛けられた。
彼が周囲を見渡すと何やら植え込みがガサガサと動いている。
「我だ」
そこからぴょこん顔を出したのは見覚えのあるマントにフード姿。
密林のエルザであった。
「お前たちのお陰でな。あれ以来キュウリもヘンな生き物も姿を見せておらぬ」
部屋に連れて来てお茶を出すとそれを飲んで一息入れたエルザがそう言った。
侵攻はひとまず中断されているという事か。
「今日は何人かに事情を話してから来ている。女王様も前ほど厳しくはないのだ。心配しなくてよいぞ」
そう言ってすごい笑顔でケーキなどを食べているエルザ。
密林のエルフは人間の町のお菓子に興味津々であった。
「街へ行くならついでにと色々頼まれてな。先ほどまで買い物をしていたのだ」
持っていた麻袋の中から色々と品物を取り出して見せるエルザ。
「何だこりゃ? 少年タックルもマジデーも今週号か? 漫画読むのかよお前ら」
雑誌を手にとってトウガが言う。
「うむ。我は知らなかったのだがどうもこれまでは時折こっそり森を抜け出してこの街に来て読んでいたらしい。最近は負傷者も多く手が空かないので行くなら買ってきてくれと頼まれたのだ」
「こっちは化粧品ですか。これ銘柄指定されてるだろ?」
エトワールが小瓶を手に取る。
「うむ。それが一番肌に合うんだそうだ」
……結局のところ、密林のエルフたちもこれまでこっそり街へ来ていたという事だ。
勿論決まりを厳格に守っている者もいるのだろうが。
やはりそう大きな島でもなく目と鼻の先に暮らす者同士、そうそう関係を断って生きていくのも不自然だし大変なのだろう。
女王の説得さえ叶えば友好関係を築くこともできそうだが……。
「女王様は皆に慕われておる。だから表立って不満を口にするものはおらんのだ」
そう言ってエルザは食後のコーヒーを口にすると……。
「これはすごい苦いのだが」
と渋い顔をした。
────────────────
ウィリアム達への報告と挨拶を終えホテルを出たエルザ。
彼女の小柄な身体には聊か厳しい重量となった荷物をよいしょと肩に担いで道を行く。
そしてその褐色の肌のエルフが人通りの少ない一角に差し掛かった時、その背後に足音を殺して近付く者があった。
「…………ッ!!?? むグッ……!!!」
何者かに背後から襲い掛かられ口元に布を押し当てられるエルザ。
布からは強い刺激臭がして彼女は即座に昏倒する。
「はぁっ……はあっ……」
気絶した彼女を地面に横たわらせ、荒い息を吐いているのはセルゲイだった。
「おい!」
そして彼が指示を出すと物陰からわらわらとキュウリ兵たちが出てくる。
大きな袋にエルザを詰めるとそれを2体のキュウリ兵が抱え持った。
「よし……急げ! 戻るぞ!!」
足早にその場を立ち去るセルゲイとキュウリたち。
そして、その場にはエルザが抱えていた麻袋だけが残されたのだった。
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