第15話 炸裂!ゴリラ裁き

 朝の光が心地よい。

 朝食を取る前に軽く走るのがウィリアムの日課だ。

 トレーニングウェアに着替えてホテルを出る。


 するとそこに1人の男が通りかかる。

 覇気のない華奢な青年……ハイパーココナッツ伊東である。


「おはよう、伊東くん」

「ああ、これは……おはようございます、ウィリアム先生」


 ぺこりと頭を下げる伊東。

 その彼は何か荷物を担いでいる。


「ん? 伊東くん、それは?」


 ウィリアムはその荷物に見覚えがあった。

 色々中に入っていそうな麻袋。


「ああ、これですか。そこの通りで落し物らしくて。こういうのの行き先って総督府の生活課ですからね。行き先同じなので自分が持っていこうと」

「すまない。……ちょっと、見せてもらえないか」


 嫌な予感に鼓動が早くなっていくのを感じるウィリアム。

 手渡された麻袋を開けて中を確認する。


「……………………」


 ギリッと奥歯を噛む。

 中身は昨日見たばかりの雑誌や雑貨の諸々だ。

 嫌な予感は的中したらしい。


 ……これは、エルザが持ち帰ったはずの荷物だ。


 ────────────────────


 冷たい沼に沈み込んでいくような感覚の中でいくつかの過去の映像が、音が、匂いが蘇ってくる。

 鳴り響いている警報。時折聞こえる悲鳴。

 薬品の匂いと血の匂いがまじった嫌な香り。


 目の前でいくつかの破片となって散らばった、父と母だったもの。


 ──真っ赤な記憶おもいで


「お休みだったかね?」


 掛かった声に柳生キリコは眼鏡の奥の目をゆっくりと開いた。

 どうやらデスクでうたた寝してしまっていたらしい。


「貴方に拾われた時の夢を見ていたわ、黒色卿シュヴァルツ

「……あれか。不幸な出来事だった」


 傷まし気に目を閉じる黒色卿。


 20年前の話。

 某国の実験施設で重大事故があった。

 非合法に様々な生命体を研究している秘密の施設だ。

 多数の実験体が暴走し施設内で暴れ多くの死者が出た。

 共に施設の職員だったキリコの両親は幼少の彼女の目の前で実験体によって肉片にされた。


 そこに1人の男が現れた。

 腕の一振りで何人もの人間を一度にボロ屑に変えてしまう怪物たちの群れを一瞬で葬った男。

 ……黒色卿、そう呼ばれている男だった。


 急死に一生を得たキリコは黒色卿によってヴェゼルザーク家に連れて行かれその庇護の下で成人した。

 トップの優秀な成績でアカデミーを卒業し両親と同じ研究者の道に進んだ。


 ──あの惨劇の日からずっと……柳生キリコは「死」に魅入られている。


 生命の終わりを、終焉を愛した。

 人でも、そうでない生き物でも。

 それは美しく幻想的で、物悲しく壮大だ。

 この世の全てに等しくただの1度だけ訪れるその瞬間。

 その死を想う時間が彼女にとっての安らぎだった。


「お疲れのところ申し訳ないがね。色々と準備が整ったらしい。君は退去したまえ」


 黒色卿が斜め上を見上げた。


「間もなくここは戦場になる」


 ────────────────────


「ええっ!? こ、この街で拉致が行われたということです……!?」


 裏返った声を上げる伊東。

 ウィリアムの部屋で、一同はエルザの麻袋を囲んでいた。


「ただいまー。ダメ、戻ってないって」


 そこにパルテリースが入ってきた。

 珍しく真剣な表情のハイエルフ。

 彼女はあの後すぐにウィリアムに頼まれてエルフの集落へエルザの所在を確認しにいったのだ。


「……そうか、ありがとう」


 沈痛な顔のウィリアム。

 わずかな望みに賭けたが、やはり現実は非情であった。


 不意に部屋の電話が鳴り響く。

 ウィリアムが受話器を手に取った。


『どうも、初めましてウィリアム・バーンズ先生』

「……どなたかな」


 響いてきたのは初めて聞く低い男の声だ。


『エイブラハム・ガイアード。ガイアードテクニクスって小さな会社のボスをしてる男だ』

「用件を言え」


 自分の声が硬くなっていくことを自覚するウィリアム。


『先生のお友達のエルフのお嬢さんは俺たちが預かってる。申し訳ないんだがうちまで迎えに来て頂けるかな?』

「卑劣な手を使うものだ。それでも名の通った会社の社長か?」


 非難するウィリアムに低く笑うエイブラハム。


『人聞きが悪いな。迷子を保護してるだけだ。いらっしゃればすぐお返しするさ。なるべく急いでくれよ。歓迎するぜ』


 それだけ言い終えるとエイブラハムはチン、と電話を切った。


「ガイアードの社長だ。エルザを預かっているから引取りに来いと」


 言い終えて重い息を吐くウィリアム。


「ほんじゃ~行きますか~」

「……だな」


 パルテリースが刀を腰に差し、トウガはボキボキと指を鳴らしている。

 ついでに伊東が何故か布団たたきを構えている。

 そしてウィリアムが申し訳なさそうにエトワールを見た。


「止めないのかい?」

「ウチは無駄なことに時間使う趣味はありませーん」


 苦笑してそう答えるブロンドの少女。

 ウィリアム・バーンズがどういう人物かという事を彼女ほど理解している者はいないのだ。


 ────────────────────


 ホテルを出て密林方向へ向かう一同。

 誰しもが静かな怒りに双眸を燃やしている。

 その彼らの前に誰かが立ち塞がった。


「ようお前ら……待ってたぜ」

「セルゲイ!!」


 叫んだのは伊東だった。

 金色のリーゼントの男は今日はキメラもキュウリも連れていない。


「お前らをこの先に行かすワケにはいかねぇ……!」


 銀色に光るナイフを取り出すセルゲイ。

 しかしその刃物を握る手は小さく震えている。


「お前なぁ、いい加減仕事先変えたほうがいいぜ」


 前に出てトウガが言う。

 彼はバカにしているわけではない。

 その声の響きに嘲りの調子は無かった。


「お前、相手が俺たちだから今のとこ無事だがよ。もうちょい気の荒い奴が相手だったらお前今頃もう息してねえぞ? 自分でもわかってんだろ? 当然お前の上の奴もわかってるよ。使い捨てにされてるぞ」

「……う、うるせぇ!! うるせえんだよ!!! この野郎ッッ!!!」


 半ば悲鳴のような声を張り上げてびゅんびゅんナイフを振り回すセルゲイ。


「わかってんだよ自分だって!! オレがどんなにバカか!! 取り返しつかねえことやってるかってわかってんだよ!! ……でも、しょうがねえんだよ今更引き返せねんだよ!!!」


 子供の頃はグループのリーダーだった。

 誰もが自分の後を付いて回っていた。

 ……それがいつの頃からか後ろを付いて歩いてたはずの弟分妹分たちは皆自分のやりたい事を見つけてそれぞれの道を歩き始めた。

 気が付けば自分は1人になっていた。

 ただ1人だけ、口癖は「デカい事をやる」のまま……。

 ただ1人その場に残されていた。


 トウガの横を通って伊東が前に進み出る。


「……何やってんだよ、花ちゃん」

「伊東……」


 手にした布団たたきを投げ捨てて伊東は叫ぶ。


「僕たちの自慢のリーダーだった男が何やってんだよ!!」

「……ッ」


 セルゲイがギュッと血が出るほど強く下唇を噛んだ。

 握りしめた拳がわなわなと震えている。

 

 その時ぽん、と後ろから肩を叩かれてウィリアムが振り向くとえらく男前のゴリラがいる。


「ジョージ……」


 ジョージはグッと親指を立てるとのっしのっしと出て行った。


「僕たち皆、花ちゃんがいたから今まで…………ほンげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッ!!!!!!!!」


 ドボオッッッ!!!!!!


 凄まじい音を立ててジョージの渾身のカンチョーが伊東に炸裂した。

 一瞬で意識を涅槃の彼方に飛ばした伊東が倒れびくんびくんと痙攣している。


「い、伊東ッッ!!!!!」


 その伊東にセルゲイが泣きながら駆け寄った。


「すまねえ、伊東!!! 俺……俺は……アんギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


 ズボォッッッッ!!!!!!


 そのセルゲイにもジョージの渾身のカンチョーが炸裂していた。


「いたたた、いたいいたい」


 何故か顔を顰めたパルテリースが痛がっている。


 2人の幼馴染は仲良く路上に転がり白目を剥いた。


 そしてジョージはウィリアムたちに向けてグッと親指を立てる。

 ここはもういい、お前たちは先に行け、とゴリラの瞳が語っていた。


「……行きましょうか」

「そうですな……」


 顔を見合わせてなんともいえない気分でうなずき合うウィリアムとトウガ。


 こうして一行は2人と1頭を残してその場を後にするのだった。


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