第16話 地の底の『静寂』

 密林を駆け抜ける。

 人ならざる速さを誇る3人が大幅に先行する形となりトウガだけが大きく遅れた。


「俺に合わせんな! 先行ってくれ!!」


 トウガはそう叫んでウィリアムたちを送り出す。

 頷いてウィリアムたちが樹上を高速で進んでいく。


 間もなくガイアードテクニクス社の工場エリアが見えてきた。

 密林が大きく開けてそこに並ぶのは巨大な3つの工場棟。

 今日は稼働していないのか立ち並ぶ煙突は煙を吐いていない。

 更に奥には四角い建物と小さなビルがある。


「エルザはどこだ……?」


 逸る気持ちを必死に抑えながらウィリアムが周囲を窺った。


「センセ、ウチから離れないように……」


 そうエトワールが言いかけた瞬間、不意に周囲が闇に包まれた。

 昼間なのに闇夜のような暗さだ。

 単に陽光を奪われただけというわけでなくロケーションそのものが変わってしまっているようだ。

 周囲には密林も工場もない。

 荒野のような場所である。

 まったく見えなくはないが月のない夜のように視界の利かない闇の世界にエトワールが1人で立ち尽くしている。


(ちくしょー! 油断した!! 黒色卿アイツが東西の魔術を混ぜたオリジナルの妙な術を使うって話は聞いてたのに!!!)


 歯噛みして状況の把握を急ぐエトワール。

 今見ている景色は幻覚か? それとも結界のようなものに取り込まれたのか……。


「フフフ、悪いねエトワールお嬢さん。本日は助太刀無用に願うよ」


 闇の中に声が響き、山高帽にロングコート、ステッキを持つ紳士が現れる。

 ……それもだ。


 エトワールの周囲を取り囲むように何人もの黒色卿が闇から姿を現した。


「興味がないかね? 君も」

「アトカーシアの魔人がヴェゼルザーク最強の魔人にどこまで通用するのか」

「特等席で見物といかないかね。私と一緒に……」


 周囲の黒色卿が順番に喋る。

 エトワールの目がわずかに細められた。


「ウチを……」


 エトワール・ロードリアスが雷電を掌に生みながら地を蹴る。


「ナメんじゃねーッ!! そこだろッッ!!!」

「!!!!!」


 集団の中の1人の黒色卿に電撃を叩き付けるエトワール。

 ステッキを掲げた紳士が淡く緑色に輝く障壁を生み出しそれを防ぐ。


 ガガガガガガガッッッッッ!!!!


 闇の中に白い光が何度も瞬き、轟音が鳴り響く。


「流石だな……!! わずかな時間稼ぎにもならないか!!!」


 後方に跳び退く黒色卿。

 同時に周囲の他の黒色卿の姿が闇に溶けるように消えていく。


 ブロンドの少女は紳士を追わず、そちらに掌を向ける。


「……『爆裂エクスプロージョン』!!!!」


 無数の小爆発が発生し黒衣の男を飲み込む。


「おおッ!!? そう虐めないでくれたまえよ!! こちらは100歳にも満たない若造だぞ!!」

「うるせーッ!! だったらそのジジイの演技をやめやがれ!!」


 更なる追撃の為の魔術の集中に入るエトワール。

 それを防がんとする魔術の集中に入る黒色卿……その紳士の面相がまるでノイズの入った映像のように一瞬揺らいで別の顔になった。


 ────────────────────

「ありゃりゃ、先生? えっちん? どこ~?」


 工場内エリアに1人で取り残されたパルテリース。

 彼女の視点では一瞬の違和感の後に一緒にいたはずの2人が跡形もなく消え失せてしまっていた。

 周囲を見渡すが自分以外の人影はない。

 そこに重苦しくエコーのかかった声が響き渡る。


「気の毒だが、娘……今度お前が仲間と再会するのは地獄でという事になる」


 その声のした方向を向くパルテリース。

 何者かがゆっくりと歩み寄ってくる。


「…………なにあれ」


 複雑そうな表情を浮かべるハイエルフ。

 近付いてきたものは全身を複雑な禍々しい形状の装甲で覆った大柄な戦士だ。

 ……ただ、その装甲は緑色で表面はブツブツしている。

 つまるところキュウリだった。


「我こそは偉大なるキュウリの王。究極の進化を経て知性と個性を手に入れたキュウリの覇者……」


 緑色の装甲戦士の顔にある黒い裂け目の奥に鋭く尖った赤い光が2つ輝いた。


「その名をカイザーキューカンバー!! ひれ伏すがよい肉の者よ!!」


 胡瓜カイザーの皇帝キューカンバーがビシッとポーズを決める。


(……あれ?)


 パルテリースの本能が警告を発していた。


(んー……? ひょっとしてこいつ、かなり強い? 本気でやんないとヤバいかも)


 ────────────────────


 周囲が一瞬闇に包まれたと思った直後、ウィリアムは広い屋内の空間に立っていた。

 薄暗く涼しい空間だ。

 周囲には不気味なシリンダー型の水槽が並び低い稼働音が聞こえる。


 靴音を響かせて進むと、間もなく前方にデスクライトの明かりが見える。

 座っているのは眼鏡をかけた白衣の成人女性。

 彼女はキイ、と椅子の座面を回して座ったままウィリアムのいる方向を向く。


「こんにちは。初めましてね……Mr.ウィリアム」

「あなたは?」


 白衣の女性は嫣然と笑う。


「私は柳生キリコ。研究所ここの責任者よ」

「そうですか。私は……」


 そのまま彼女に向って進むウィリアム。


「ストップ」


 声が掛かり、素直にウィリアムは足を止めた。

 微笑んだまま、キリコが自分の額をとんとんと人差し指の横腹で叩いている。


「……顔をぶつけるわよ」

「!」


 言われてウィリアムは気が付いた。

 目の前に透明の壁がある。

 この広大で天井も高いフロアを完全に二分しているようだ。

 キリコの声はスピーカーから聞こえているらしい。


「どうすればそちらに行けるのかな」


 透明の隔壁に触れながら問うウィリアム。

 隔壁はかなりの厚さがあるようだ。


「まずは私のおもてなしを受けてもらうわ。カルラの接待を期待していたのなら申し訳ないけど」


 そう言ってキリコは机の上のキーボードで何かの操作を行う。

 するとゴン!と鈍い音がしてフロア全体が稼働を開始した。

 シリンダーが床の上のレールに沿って移動し壁に開いた空間に収納されていく。

 すべてのシリンダーが収納されフロアがただ広いだけの何もない空間になるまでさほどかからなかった。


「……………………」


 無言のウィリアム。

 その彼の前で今度は床に1本ラインが入ったかと思うとそこから左右に展開していく。

 フロアの下はかなりの深さと広さを持った空間になっているようだ。

 そこに……何か。

 巨大な何かが……。


「その子にはまだ名前がないの。どんな名前がいいと思う? ミスター」


 キリコの楽し気な声が聞こえる。

 巨大な何かがフロアに這い上がってこようとしている。

 その身体を拘束していた無数の高速具が順に外されていく。

 全体的な色は青白い。

 頭部は魚類か……あるいは蛇かといったフォルムで牙の並んだ裂けた口に虫のような丸い赤い眼が左右に規則正しく八対……十六個並ぶ。

 上半身は人間に近い。

 だが腕が四本あり全体が鱗に覆われている。

 そして下半身は虫……蜘蛛のような腹があり無数の長い脚が生えているようだ。

 この世のものとも思えない悍ましい形状の怪物が今自由を得て目の前の標的に牙を剥こうとしている。


「『静寂』なんてどうかしら? 洒落ていると思わない?」


 その全長はいか程か……。

 少なくとも頭部だけでもウィリアムよりかなり大きい。

 簡単に一飲みにされてしまうサイズだ。

 剣を構え、地の底よりの怪物を迎え撃つ。


 隔壁の向こうでその様子を眺めるキリコが背もたれに身を預けた。


「……さあ、貴方の『ちから』を私にぶつけて頂戴」

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