第17話 緑色の悪夢 カイザーキューカンバー
フロアの縁に手を掛けて這い上がってきた怪物。
生みの親によって『静寂』という名を与えられたばかりのその巨大な生き物が眼前にいる小さな存在を視界に収める。
剣を構えるウィリアムの眼前一杯に広がる巨大な掌。
怪物が自分を掴もうと伸ばしてきた手だ。
フッ、と鋭く呼気を吐いて床を蹴り横に飛ぶ。
眼下には伸び切った怪物の巨腕がある。
剣を振るってその腕を斬る。
(硬い!! ……だが……)
その表皮を覆う鱗の硬度なのか刃の通りが悪い。
だが傷を付けられないというわけではなくウィリアムの一太刀は怪物の腕を切り緑色の体液?血?を噴き出させていた。
「……それでは足りないわ」
退屈そうなキリコの声がスピーカーから響く。
その声に応じたように怪物の傷口がぶくぶくと白い泡を出し見る間に傷が塞がっていく。
奥歯を噛むウィリアム。
彼を補足した怪物の背から無数の触手が伸びて鎌首を擡げる。
触手の先端には全て牙の生えた口が付いていた。
そしていくつかの触手の口が彼目掛けて何かを吐き出す。
(む……!!)
回避するウィリアム。
1秒前まで彼が立っていた位置に白い粘液球が炸裂する。
ダメージがあるのかはわからないが、食らえば動きを封じられてしまうだろう。
攻撃方法が多彩だ……他にも何をしてくるかわからない。
(くっ……コイツ本当にキュウリとかイクラネコとか作ってた研究所産なのか!!?)
焦るウィリアム。
その頬を冷たい汗が伝った。
───────────────
「キューカンバーレーザー!!!」
雄叫びと共に目から青白い光の矢を無数に放つカイザーキューカンバー。
ドドドドドドドッッ!!!!!
回避したパルテリースの背後で工場の一角が無残に崩れ落ちていく。
「あららら、壊しちゃったよ?」
「構わぬ!! どうせここは一面のキュウリ畑になるのだ!!」
帝国拡充の野望を抱くカイザーである。
彼女も防戦ばかりというわけではない。走り出したハイエルフ。その速度はすぐに常人が目では追えない域に達する。
その勢いのまま彼女の愛刀がカイザーに襲い掛かる。
「キューカンバーブレード!!!」
ガキィン!!!!
どこがブレードなのか、どう見ても長く伸びただけのキュウリなのだがその長いキュウリでカイザーはパルテリースの一撃を受け止めた。
ご丁寧にぶつかり合う際に火花が散り金属音までする。
「よっこいしょっと!!」
加速する無数の剣閃が縦横無尽にキュウリ皇帝に襲い掛かる。
それを受けに回って弾くカイザー。
「肉の者にしてはできるな!! だが余の相手ではない!!!」
(ん~~~全部いなされてるってわけじゃあないんだけど)
無数の斬撃の内いくつかはカイザーに炸裂しているのだがキュウリの装甲を貫けないのだ。
このままでは埒が明かない。
攻撃側が消耗する一方である。
「フハハ! 今度はこちらからいくぞッッ!!!」
攻防一転、カイザーキューカンバーが襲い掛かってくる。
長く伸ばしたキュウリを構えた緑の大きなシルエットがパルテリースの視界一杯に広がる。
産まれたてが故なのか、その猛攻は粗削りで洗練されてはいない。
しかし速度、威力共に申し分なく一撃でも被弾すれば大きなダメージを受けるであろうことは明白であった。
パルテリース・アーデルハイドは己の武器を刀と定めて長く過酷な修練を積んできた。
カイザーの攻撃を全て彼女は受け流す。
愛刀へのダメージと体力の消耗が最も少ない動きで雨霰と降り注ぐキュウリ剣を搔い潜っていく。
「おのれ肉の者め!! 小癪な!! ならばこれはどうだ!!」
カイザーがそう叫んだ瞬間、パルテリースの身体がガクンと揺れた。
「………あっ!!?」
彼女の足首にキュウリの蔓が巻き付いていた。
いつの間にかカイザーが手首の装甲の隙間から伸ばして地を這わせていたものだ。
「捕えたぞ肉の者!!! 食らえィ!!!!」
蔓を引くカイザー。パルテリースの体勢が崩れる。
そして一瞬無防備になったボディにカイザーの拳が炸裂する。
「く……はッッ……!!!」
血を吐きながら吹き飛ばされ大地に投げ出されたハイエルフは地面の上を砂埃を上げて転がった。
「所詮肉の者などこの程度よ。進化した超存在、我らキュウリこそがこの地上の支配者に相応しいのだ!! フハハハハハ!!!!」
倒れ伏すパルテリースを前にカイザーの哄笑が木霊した。
───────────────
「『
エトワールの生み出したドリル状の破壊エネルギーの螺旋が黒色卿に襲い掛かる。
黒色卿は障壁を生み出してその破壊魔術を受け止めようとしたが……。
「……持たんか」
一瞬でガラスが砕け散るような音を立てて障壁が破壊される。
跳んで魔術を回避する黒色卿。
一瞬前まで彼の立っていた場所は一瞬空間が捻じれて見えるほどの深刻な破壊に見舞われる。
再び彼の老紳士の顔がノイズが走った様に揺れて乱れた。
「そろそろ種明かしといこうじゃねーですか、
「この下の我が素顔は……」
紳士が己の顔の顎を撫でるように触れる。
やめろと言われたからか、区長が先ほどまでの上品な紳士のものではなくなっていた。
「お前とは面識がない。だが今、お前に顔を見せて記憶されるわけにはいかん」
「なるほど~? 顔覚えられたらどこでウチが何か見て『あれコイツじゃん』ってなるかわかんねーわけだ。……いや、ひょっとしたらウチがもうお前の元の顔と名前を知ってる可能性もあるな。ヴェゼルザークが大喜びしてんだ。どうせどっかのお偉いさんだった奴だろ、テメー」
エトワールの推論についての正否は語らず、黒色卿は喉を鳴らして笑う。
ブロンドの少女は小さく息を吐くと肩を竦めた。
「まあ問答してる時間もねーんで。話したくないなら好きにしな。……本当の顔も名前を知られないままでお前は今ウチに殺される。そんだけだ」
「………!」
膨れ上がったエトワールの殺気に圧された黒色卿は後方へ飛んで距離を取ろうとした。
しかしその瞬間感じた強烈な寒気に似た直感に動作を強制停止する。
「移動する前に気が付いたのはおりこーさんだな。さっきからウチは戦いながらこの結界内のあちこちに
「ぬう……」
周囲を見回す黒色卿。
だが風景は先ほどまでとまったく変わりない。
目で見てわかる
「自分の
「紛れもない死地か。されど退く道は無し」
黒色卿はステッキを構え、魔術のための集中に入る。
「……ならば一差し、舞うとしようか」
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