第18話 凍てつく月の照らすもの

 集中する黒色卿の魔力が赤いオーラとなって彼の身体から立ち昇っていく。

 間違いなく次の攻撃は最強の一撃だ。


(まだ何か奥の手があんのか? まー何が来ようが真正面から粉砕してやりますよ)


「オオオオッッ……!」


 咆哮する黒色卿の真紅のオーラが炎に変じた。

 彼は紅蓮の炎の塊となってエトワールに向かって飛翔する。

 ブロンドの少女の眼前に大火球が唸りを上げて迫る。


(玉砕特攻!! ……つまんねー手を!!)


 エトワールが全力で魔力障壁を展開する。

 次の瞬間、闇の世界が一瞬金色に光り周囲に爆音が轟いた。


 ズズズズズズズ……と低く重い鳴動が続きやがてそれが収まっていく。


 静けさを取り戻した闇の荒野には巨大なクレーターができていた。


「………………………」


 その中央に立つエトワールが障壁を解除する。

 彼女はまったくの無傷だ。

 ブロンドの少女が周囲を見渡すとクレーターの縁のやや外側に黒色卿が仰向けに倒れている。

 先ほどの自爆で吹き飛んだのか、腰から下がない。

 上半身だけが大地に投げ出されていた。


「あっけない最期だな。………ッ!?」


 驚愕に目を見開いたエトワール。

 転がる黒色卿に駆け寄った彼女が見たものは、生身ではない木製の人形だ。

 初老の紳士の顔はそのままだが、胴体の破れた服の下から覗いているのは下半身が砕けてなくなってしまっている関節が自在に動かせるタイプの木偶人形だ。


「人形ッ!? ウチは入れ替わる隙なんか与えてねーぞ!!」

「ククク……」


 仰向けに転がる木製の身体の紳士が笑っていた。

 エトワールが身構える。


「入れ替わってなどいない。……我こそが『黒色卿シュヴァルツ』よ」

「最初からウチは木偶人形相手に遊んでたって事かよ。ウソつけ。人形に扱える魔術や動きじゃねーだろ」


 ジジッ、と紳士の顔が乱れてついに消える。

 その下から現れたのは目も鼻もないのっぺりとした人形の頭部だ。


「これはまだ開発中の術だ。遠隔の本体が念で人形を動かす。精度を上げるためにまだ感覚を共有させておかねばならん。お陰で今、『本体』にもかなりのダメージが入ったぞ」

「チッ、ジジイの顔の下はのっぺらぼーじゃねえか。何が素顔だ。それも時間稼ぎかよ」


 エトワールが忌々し気に表情を歪ませる。


「名にし負うロードリアス家の鬼姫相手にいきなり生身で出るほど無鉄砲ではない。今回は実に学びの多い邂逅だった。これを糧として更なる術の開発に励むとしよう。いずれ……ロードリアス家おまえたちも超えてやるぞ」

「ハイハイ、お好きにどーぞ。いそがしーんでウチは行くぞ」


 背を向けるエトワールに木製のボディを軋ませながら人形が上体を起こす。


「そうはさせぬ。これが本当の奥の手だ」


 起き上がった人形が自らの服を引き裂く。

 覗いた胸元には魔術の術式を封じた紋様が刻み込まれてる。

 そのマークが赤く不気味に輝いた。


「……ッ」


 周囲が閃光に包まれる。

 その光の中で人形はバラバラに砕け散っていった。


 光が収まるとエトワールはジャングルのど真ん中に1人で立っていた。

 周囲の地形、火山の位置などから自分の今いる凡その位置を把握するエトワール。


「くそ! やられた……!!!」


 ギリッとブロンドの少女の奥歯が鳴る。


メアルード島となりの島だ……」


 ────────────────────


 倒れ伏すパルテリースを前に勝ち誇るカイザーキューカンバー。

 勝敗は決したに思われたが……。


「う~~~いったいなあ……もう」


 しかし、刀の鞘を杖ににしてよろよろとハイエルフが起き上がってくる。


「しぶといな貴様。だが立ち上がってきた所で苦しむ時間が増えるだけだ!」


 ビシッ!とポーズを決めるカイザー。

 その目が赤く輝き再びレーザーの体勢に入る。


「さあ今度こそ砕け散るがよい!! キューカンバーレーザーッッ!!!!」


 無数の光の矢が虚空を走る。

 自らに迫るその致死の光撃をパルテリースはスローモーションで視認していた。


「『陽炎かげろう』」


 その呟きとレーザーの着撃音はほぼ同時だ。

 直撃を受けたパルテリースが光と爆音の中に消えていく。


「フハハハッ!! 今度こそ終わりだ!!!」

「ところが……そーでもないんだな~」


 その声にカイザーが驚いて固まる。

 真正面にいたはずのパルテリースがいつの間にかカイザーの横に移動している。


「おのれェッッ!! 小癪な!!!」


 キューカンバーブレードで斬りかかるカイザー。

 その一撃をかわそうともせず袈裟懸けに両断されるパルテリース。


「んがあッッ!!??」


 だがその手に相手を斬った感触が伝わってこない。

 切り捨てたはずのパルテリースの姿が揺らめいて消える。


「見えててももう、そこにはいない」


 ただその声だけが聞こえてくる。

 周囲を慌てて見回すカイザー。


「………………………」


 戦慄し硬直するカイザーキューカンバー。

 ……自分の真後ろに敵が立っている。


「おのれェェェェッッッッ!!!!」


 振り向きざまにブレードを振り下ろす。


「『凍月いてづき』」


 神速で鞘から抜き放たれた刀がその名の如く冷たい光を発して弧月を描く。


 両者が交差する。


 そして舞い降りる静寂。

 それを破ってパルテリースが納刀するキン、という澄んだ音がした。


「……キュウリたちよ……前進……せよ……」


 カイザーキューカンバーが震える右拳を空に高く突き上げた。


「我らの……ていこ……く……を……」


 正中線から真っ二つになりカイザーキューカンバーの左右半身がずれた。

 一瞬の後に大爆発が起こりカイザーが粉々に砕け散る。


「今度生まれてくる時は美味しいサラダになれるといいね~」


 爆風に目を細めながらパルテリースはそう呟くのだった。


 ────────────────────


 研究所が揺れている。

 解き放たれた生体兵器……『静寂インザサイレンス』 その暴威は留まることを知らない。

 4本の巨大な腕が、虫のような形状の足が振るわれる度に格納エリアを内側から破壊していく。

 このままでは建物そのものを内側から破壊し外に解き放たれてしまうかもしれない。


 数度の攻撃を行ってきたウィリアム。

 だが最初の一撃同様にどの攻撃も決定打とはならずに修復されてしまう。


(……やはり『雷霆』でいくしかないのか)


 自らの最強の一撃を思い浮かべるウィリアム。

 だが雷霆でもかつてこれだけの大きさと耐久度を誇る相手を斬ったことはない。

 やれるのか……不安がじわりと胸に広がる。

 雷霆でも相手を倒せなかった時、それは即ちウィリアムにはこの怪物を倒せる技がない事を意味しているのだ。


(悩んでいる時間はない……!)


 意識を集中して剣を構える。

 床からの一撃ではせいぜいが腰程度までしか届かない。

 ……壁を蹴り跳ぶしかない。


 意を決してウィリアムはフロアの冷たい床を蹴る。

 そして側面の壁を駆け上りながら横目に巨大な怪物をロックオンする。


「はあああああッッッ!!!!」


 渾身の右上段。

 ウィリアムの剣が怪物を肩から斜めに切り裂いていく。


「……ああ……」


 熱っぽい吐息に交じってキリコは思わず声を出していた。


 しかし……。


(ダメだ!! 浅い!!!!)


 ギリッと血が出るほど強く歯噛みするウィリアム。


 ……雷霆は確かにかつてない深手を『静寂』に与えていた。

 肉を深く切り裂き怪物が骨を露出させている。

 苦し気に鳴き叫び緑色の体液を散らす生体兵器。


 だが、そこまでだった。

 攻撃は骨で止まってしまっている。

 肩から胸にかけてを斜めに切り裂かれ怪物は肋骨の一部を露出させているがその傷口も早くも再生が始まっていた。

 そして渾身の一撃を放ったウィリアムは消耗からすぐに追撃に移れない。


 ……この攻撃ではこの怪物は倒せないのだ。

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