第13話 黒色卿

『密林のガイアードテクニクス社のエリアに侵入すれば私が貴方を抹殺する事になっています』


 そう言い残してカレーをしこたま食った後で立ち去ったメイド、カルラ・リュヒター・ベルデライヒ。

 彼女の事をウィリアムはホテルに戻ってからエトワールに話した。


「あ~ハイハイ。ヴェゼルザークのカルラね……」


 なんとも渋い顔をする美少女秘書。


「知っているのか?」

「会ったことはないですけどね」


 ウィリアムの問いにエトワールが頷く。


 この世界には超古代よりの魔術の秘儀を伝える6つの家柄がある。

 エトワールのロードリアス家もその1つだし、ウィリアムを魔人に変えた魔女レイスニールのアトカーシア家もそうだ。

 そしてその内の1つヴェゼルザーク家……血統ではないがカルラはその家に属する魔人であるという。


「あの家はねぇ……色々とトチ狂ってるんですよね。まーそれ言ったら六家なんてどこもそうなんだけど、ブッ壊れ方が他の家とベクトルが違うってゆーか」

「よくわからないな」


 そういう古い6つの家があって、エトワールがその1つに属しているという所までは知っているが他の家の様子などはウィリアムは知らない。

 自分が踏み込むべき領域ではないと思っているのでその話題には極力触れないようにここまでやってきた。


「基本的にどの家も古代の知識や技術は流出させるべきではない、って考え方なんですよね。それに魔人ヴァルオールをなるべく増やすべきではないし、その存在は世間から秘されるべきだってのも」


 それはまあ……ウィリアムもわかる気がする。

 彼らの持つ知識や技術は極めて危険なものが多いし、自分たちの社会に不老で強大な力を持つ存在が紛れ込んでいるとわかれば不安と混乱を招くだろう。


「ところがヴェゼルザークはその辺違ってて、いわゆる『偉人』? 教科書に載っちゃうような人を魔人に覚醒させて保持していくべきだっていうトンチキな主張してるんです。歴史を動かすようなパワーを持つ者が魔人となって長く生きるべきだって」

「ふぅむ……」


 他人事ではないのでウィリアムは理解ができるのだが、知名度のある者が不老になるとその事を隠して生きていくのは困難が伴う。

 ウィリアム自身ある時期から一切公の場に出る事を避けてきた。

 それでもどうしても付き合いの浅い人物と会わなくてはならない時は服装や付け髭で「老い」を必死に演出している。

 魔人になった時点で世間から隔離でもできればまだ話は違うだろうが……。


「それはリスクが高いな」

「でしょ? それだもんで他の家と対立しちゃってるんですよ。今はウチらはお互いに好きに魔人覚醒の秘儀を試すことはできなくて他の家に報告と許可を得ることが必須条件になってるし、結果として覚醒できた魔人にはその力量に応じた監視が付くんですけど。センセにウチが付いたみたいにね」


 強かなエトワールはその立場を利用して家に縛られる生活からの自由を手に入れたというわけだ。


「ところがですよ。半世紀くらい前かな? ある時ヴェゼルザークの家に1人の新しい魔人が来たんです。連中が秘儀を試すって報告も痕跡もないから恐らく自然発生……自己覚醒の個体だと思うんですけど。正体は不明ですが『黒色卿シュヴァルツ』って呼ばれてる男」


 エトワールの話ではその黒色卿なる人物は新参にも関わらずヴェゼルザーク家でかなりの厚遇を受け、結果として頭首代行のような立場となり今では家全体を切り盛りするまでに至っているらしい。


「カルラはヴェゼルザーク家最強の魔人として名が売れてて、黒色卿は普段カルラを従えて連れて歩いてるって話ですからセンセの会ったそのオッサンが黒色卿でしょうね」

「………………………………」


 ウィリアムは行きの船で会った紳士を思い出していた。

 あの感じの良い穏やかな初老の男が黒色卿であり自分の抹殺を請け負ったと言うのか……。


「黒色卿やヴェゼルザーク家はガイアードテクニクス社と何か繋がりがあるのか?」

「ん~……そういう話は聞いた事ねーですね。六家と繋がりのある企業や国家やらはリストアップされてますけどそこにガイアードの名はなかったですし。だから会社のコネで来た話じゃないと思うんですけど」


 それならばどういうルートで受けた仕事なのだろうか。

 ウィリアムが疑問に思う。

 この島で彼らとバッティングしたのはまるきりの偶然のはずだ。

 来た時点ではウィリアムらはガイアード社の話をまったく知らなかったのだから。


「まーとにかく、これで1つはっきりしたのはセンセはガイアード社のエリアに入っちゃいけないって事ですよ。入れば殺されます、カルラに」

「……殺されるか」


 流石に背筋が凍るウィリアムだ。

 憂いを帯びた目のエトワールが頷く。


「殺されますよ。六家最強の肩書きは伊達じゃありませんって。今までの連中とは次元が違いますよ」


 べえ、と舌を出したエトワールが自分の首筋に手刀を当ててスッと横に引く仕草をする。

 命はない、のジェスチャーだ。


(まあ、ウチが手を貸せば話は別だけどその辺は黒色卿ヤローも計算に入れてるだろうしなあ。センセには危うきを避けてもらうのが一番)


 そう思ったが口にはしないエトワール。


「大体殴りこみカチコミの予定はねーんでしょ?」

「そこまでする気は確かにないな」


 ウィリアムの考える騒動の理想的な収束の形は、密林のエルフたちがアンカーの街と友好関係を結び安全を保障され生活範囲をアンカー側に広げる事と、ガイアードテクニクス社から侵略の賠償を受ける事だ。

 現時点で建設され稼動してしまっている工場についてはその後双方で詰めていく事になるだろうが殴りこんで破壊すればいいとは思っていない。


「何にしても今は頼んだローダン王国での調査の結果待ちだ」


 そこで少しでも調査団メンバーのその後や持ち去られたエルフ族の秘宝の行き先がわかればいいのだが、とそうウィリアムは願っている。

 そもそもがいつまでも自分たちはこの島にいるわけではないのだ。

 状況が長く進展せず膠着したままならそのまま島を去ることにもなりかねない。

 関わった以上はその結末は避けたいとは思っているが。


「……こればかりは性分だ」


 誰に言うでもなく呟くようにささやかな声で言うウィリアム。

 見てみぬフリはできない。

 それでよく余計な荷物を背負い込んで苦労する。


「それでいいんじゃねーですか。ここに1人さいっこーにカワイイ理解者がいますよ」


 ブロンドの美少女秘書が自分を指差して微笑んでいる。

 その彼女を見てウィリアムもフッと笑った。


「ここにもいま~す」


 気の抜けた声がして2人がそちらを見るととっくにお休み中であったはずのパルテリースがベッドで手を振っていた。


「オメーはいらねーです。寝てなさい」

「ぶー、ひどい~」


 頬を膨らませて口を尖らすパルテリースだった。






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