第11話 漢の釣り勝負2(海原編)
ウィリアムたちが密林から戻ってきて数日が過ぎた。
ガイアード社の侵略はその後はなく今のところはジャングルは平穏のようだ。
ウィリアムはその間に蒸気式電話機でローダン王国の知人に連絡を取っていた。
件の調査団のその後と持ち去られたエルフたちの秘宝に付いて少しでも情報はないか調べる為である。
秘宝の形状に付いては先日の一件の際に女王メリルリアーナ自身の口から聞いていたのだ。
後は結果の連絡待ちである。
「まーたもう面倒ごとに首突っ込んで……」
半眼のエトワールに必死に目をそらすウィリアム。
とはいえ彼女も本気で非難しているわけではない。
ウィリアムの性格を彼女はよく理解している。
「とにかくウチらはここに正義の味方しに来たわけじゃねーんですから。しっかり遊んで元取らないといけねーんですよ。おわかり?」
「その通りだ。バカンスに来たんだからな」
そこにはウィリアムも異存はない。
骨休めに来たのにほとんどそれができずにいる。
「ウチが船を手配しましたんで、明日は沖へ出ましょうね」
「船!! 釣りができるな!!!」
途端に目を輝かせるウィリアム。
このあたりの彼の喜ばせ方も流石の年季と言うべきか……敏腕美少女秘書。
「え~アタシ、スイカ割りがしたいんだけど~」
「ダメに決まってんでしょうが。オメーにそんなんやらせたらスイカじゃなくてなに割るかわかったもんじゃねー」
パルテリースの申し出はぴしゃりと却下された。
ぶー、と口を尖らせるエルフ娘。
「よーしトウガ! 先日のリベンジをさせてもらうぞ! 今度の勝負は海釣りだ!」
「あ、ああ……またやるんスか」
意気揚がるウィリアム。
しかしトウガは勝てば気を使わなきゃいけないし負ければ悔しいしで気が進まないのであった。
────────────────
「お、おぉ……こりゃすげえじゃねえかよ」
港の桟橋にて、『その船』を見上げるトウガが掠れた声を出す。
エトワールが手配してくれたという蒸気船はウィリアムたちの予想を超えたスケールのものであった。
数十名は楽に乗り込めそうだ。
「遊ぶ時にケチケチしたってしょうがねーでしょが。こういう時はパーッと使うもんなの」
ワンピース型の可愛い水着に身を包んでサングラスを掛けたエトワールもすっかり遊びの臨戦モード。
そこにパルテリースもやってくる。
「あはは、おっきい船!! 食べるものいっぱい積んでいこう!!」
ハイエルフはビキニ姿である。
出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるモデル体型の彼女に良く似合っている。
「チッ、相変わらずムカつくボディーしてやがりますねこのパッパラ娘が……」
怨念の篭った低い声で言うエトワール。
男2人は聞こえてないフリを必死にしている。
ともあれ……。
こうしてウィリアム一行は沖へと繰り出すのだった。
────────────────
沖へ出ると早速ウィリアムがマイ
「ルールはこの前と一緒でいいな。せっかく大海原に出たんだ。目の覚めるような大物を釣り上げてやるぞ」
大作家はノリノリだ。
そんな彼をデッキチェアーで優雅にトロピカルドリンクを飲みながらエトワールが眺めている。
「あんまカッコ付けねー方がいいですよ。大体センセは言う程釣りが上手くね……」
「よぉおおおおおおっし!!!! オレも頑張らなきゃなああああああ!!!!!」
極めて危険な発言をしかかっていたエトワールの台詞をトウガは大声でかき消した。
海には危険が一杯である。
黒髪の大男の背筋を冷たいものが通っていく。
(チクショウなんでこんな絶好のロケーションでイヤな緊張感背負って釣りしなきゃならねーんだ!! だが俺だって武術家の端くれ……勝負と言われりゃ手は抜けねえ!!)
釣り糸を垂らしながら緒仁原トウガは複雑な表情だ。
(つまりだ。俺は全力を出してデケーのを釣り上げる。その上で先生にはもっとデケーのを釣ってもらわなきゃいけねーってことだな!! 頼みますよ先生!! マジで!!!!)
会ったこともなければ見たこともない海の神に祈りながらトウガが竿を振るった。
…………………………………
……そして、2時間後。
「………………………………」
虚無だ。
釣竿を手に大海原を見つめるウィリアムの表情はただひたすらに虚無だった。
この顔は戦火に巻き込まれて焼け野原になった村を見た長い旅から戻った男がする顔だ。
釣果は無情にもゼロ。
無である。
「あっはっは! トーガの釣ったやつでっかすぎ!!!」
何が楽しいのか大笑いしているパルテリース。
甲板には黒光りする立派な魚体がクレーンに吊り下げられている。
その全長は釣り上げた男と同じくらいある。
それを眺めるトウガは何故か喜ぶのではなく「やべー」という引き攣った顔をしていた。
「センセ、お昼食べないんですか? 冷めちゃいますよ」
「…………………いらない。食欲ない」
エトワールに言われて消え入りそうなか細い声を出すウィリアム。
トウガの釣った魚のほうは見ない。
見れば泣いてしまうかもしれないからだ。
その時、ウィリアムの竿にグッと大きな抵抗が来る。
「!!!!! 来た!!! 来たぞ!!! これはすごい!!!」
興奮したウィリアムが滅多にない大声を張り上げた。
確かにその引きはこれまでの人生でも1度も経験した事のないレベルのものだ。
靴底が滑り船の縁へと引き摺られていくウィリアム。
「お、オイオイ本当にやばそうだな……!!」
慌ててトウガが駆け寄り2人で竿を持つ。
「ふンぬぬぬぬぬ!!!!」
「おりゃあああああッッ!!!!!」
赤い顔をして竿を引く男2人。
「へ~? 珍しい事もあるもんだ。明日雪でも降らなきゃいーんですけど」
「あははは! がんばれがんばれ!!」
それを応援する女性陣。
やがて海面に巨大な何かが少しずつ見えてくる。
船員たちもいつの間にか集まってきて固唾を呑んで見守っている。
「……イカ、か!!」
それは青白い巨大なイカであった。耳と胴体だけでも3mは優にある。
やがて巨大イカは2人の力自慢の男によって釣り上げられ海上に全貌を現し……。
「……は?」
誰かがそう声を出していた。
イカ……だと思った部分は『その生き物』の頭部だった。
その下から身体が出てくる。
着流しを着て腹に晒しを巻いてドスを帯びた引き締まった男の身体だ。
つまり……それが何かを説明するとなると『頭がイカの和装の巨人』とでも言えばよいのだろうか。
『自分……
低めの落ち着いた男の声で高クラーケンが名乗る。
「………………………………」
誰もが無言だった。
そして、誰もが虚無だった。
『……不器用ですいません』
もう一度高クラーケンはそう言い残すとゆっくりと沈下して消えていった。
後にはただ静かな波の音だけが残される。
「……まあ、先生の勝ちってことで」
「え? あれカウントしていいのか? 結局帰っていったんだが」
ようやく皆が我に返ったあたりでこれ幸いと勝ちを譲るトウガ。
それに対して何やら釈然としないウィリアムであった。
────────────────
密林の奥地、ガイアードテクニクス社エリア。
背の高い初老の紳士。
ウィリアムたちと行きの船で一緒になった男だ。
ステッキを手に穏やかな笑みを浮かべて彼は優雅に一礼する。
「やあお招きありがとう。久しぶりだね、キリコ」
「こんばんは、
柳生キリコがそう言って微笑むとシュヴァルツと呼ばれた紳士の背後に控えていたメイドが完璧な作法で頭を下げる。
「ご無沙汰しております。キリコ様」
「こんな所で会えるとは思いもしていなかったよ。君も忙しい女性だ」
勧められるまま椅子に腰を下ろす紳士。
「
ふふ、と艶然と微笑んでからキリコの瞳がスッと細められる。
「それで、受けてくれるのかしら?」
「いいとも。他ならぬ君の頼みだ。引き受けるとしよう」
あっさりと頷く黒色卿。
ふう、と拍子抜けしたように呼気を吐くキリコ。
「頼んでおいてなんだけど、そう容易い相手ではないと思うのだけど」
「その通り」
頷いてから紳士は薄暗い天井を見上げる。
「ウィリアム君はいい
ウィリアム・バーンズを人から魔人に変えた魔女、レイスニール・アトカーシア。
東の大陸の森の中に住む古代よりの秘儀を伝える一族の最後の生き残り。
その彼女の名を口にする黒色卿。
「戦うのはカルラだけだ。ウィリアム君はこの娘と戦ってもらう。私が今回するのはそこまでだよ。結果も保証できないね。カルラが敗れて命を落とすかもしれないな」
「ありえません」
即座に無感情な声で否定するカルラと呼ばれたメイド。
「それに我々もお尋ね者になるのは御免だ。戦うのならここのエリア内のみとさせてもらうよ。おびき寄せるのはそちらでやってくれたまえ。それが叶わなければこの話は不成立だ」
「エイブラハムに言っておくわ」
肯いて黒色卿はゆっくりと椅子から立ち上がった。
「ではあちこち見学させてもらうことにするよ。地の利を生かす為にもまずは情報だ」
「ご自由にどうぞ。
デスクの引き出しからパスを取り出し黒色卿に手渡すキリコ。
紳士はそれを受け取るとメイドを従えて退出する。
(何を考えているのかしらね。……古狐)
その背を見送るキリコは彼女にしては珍しく無表情だった。
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