第10話 秘書が来た

 爆砕し破片となったぷりぷりの海老の身が無数に泉に浮いている。

 周囲にほのかに漂ういい匂い。


「ああ……我らの聖なる泉が……」

「海老としいたけのお吸い物になってしまった」


 エルフたちが肩を落としている。

 ちなみにしいたけが生えて泉に没したエルフたちは全員救助されてしいたけを抜かれて正気に戻っている。


 ばさっと優雅にかきあげられた金色の長い髪が篝火の光に輝いて風に靡く。

 その小柄な少女は実際は数百年の時を生きる魔女である。

 古よりの魔術の秘儀を伝える一族の末裔だ。

 人呼んで……というか主に自分が呼んでいる敏腕万能美少女秘書。

 ロードリアス家のご令嬢……エトワール・ロードリアス。


「ウチが来た!!」


 ビシッと斜めのピースを決めて再度彼女は力強く宣言した。

 そんなブロンドの少女に笑顔でウィリアムが歩み寄る。


「よく来てくれた。フロントの伝言を聞いてくれたんだな」


 ウィリアムは森へ出発する際にホテルのフロントに伝言を残しておいたのだ。

 不在時にエトワールが到着した時のことを考えて。

『森のエルフの集落に行く』と。


「ええ、まあ、そんで追っかけて来たんですけども。ところで皆さんで海老バーべーキューか何かのご予定でした? ウチ食材っぽいのぶっ飛ばしちゃったんですけど」

「ああそれはいいんだ。よくやってくれたね」


 気にすることはないのだ、と静かに首を横に振るウィリアム。

 自分たちが駆けつけるまでもなかった。

 結果としてただの牢破り犯になってしまっただけの気もするが今は考えないようにしようと思うウィリアムであった。


 周囲に転がっている海老の身はほこほこと湯気を立てて美味しそうな匂いをさせていた。

 その1つを拾い上げてぷにぷにと突いてみるトウガ。


「えびしいたけかよ。もう名前からして料理みたいなやつだな……」


 セルゲイはどさくさに紛れて逃げ去ったようだ。

 ぼちゃん!とえび片を泉に投げ入れてトウガは長く息を吐く。


「……次はオクラ納豆とか来るんじゃないのか?」


 ────────────────────


 その後、一向は社の女王の間にやってきた。

 別に押しかけたわけではなく女王が通したのである。


 女王にどういった心変わりがあったのかはわからないが牢に戻されることも覚悟していたウィリアムたちは大人しく彼女に従った。


わらわの名はメリルリアーナ。この国、オルトゥーハの統治者である」


 初めて名乗った女王メリルリアーナ。

 ウィリアムたちもそれぞれ自己紹介を済ませる。


「お前たちには助けられた。だが我らは人とは相容れぬ。ひと時ここで休息を取り森から立ち去るがよい」


 状況が掴めず頭上に「?」マークを浮かべているエトワールにウィリアムがこれまでの経緯を説明する。

 ふむふむ、と彼女は黙って聞き入っていたが……。


「何て国の船だったんです? そのお宝持ち去りマンの乗ってた船は」


 聞き終えて彼女はそんな疑問を女王にぶつけた。


「サウラーフ国の者だと名乗っておった」


 一瞬思案した女王は素直に答えてくれる。

 その国名を聞いたウィリアムとエトワールがやや渋い顔で視線を交わす。


「サウラーフ? 聞いた事ねえなそんな国」


 トウガが首を傾げている。


「今はもう存在しない国家だ。随分昔にクーデターが起こって崩壊した。新政権も終わらない内戦で国を維持できず確か今は……」

「旧サウラーフ領はローダン王国っすね~」


 ウィリアムの台詞を継いだエトワール。

 件の調査団の国は滅んで隣国に吸収されてしまっていた。


「……そうか、既に奴らの国は滅びておったか。まあ今となってはどうでもよい事じゃ」


 静かにそう言って女王は目を閉じた。


 ────────────────────


 こうしてウィリアムたちは放免になった。

 エルフたちの様々な感情の混じった視線の中を歩く一行。

 やがて里の入り口まで来た時、そこには1人の小柄なエルフが待っていた。


「お前たち済まなかった、色々と……」


 エルザがそう言って深く頭を下げる。

 ウィリアムはそんな彼女に頭を上げるように促した。


「いいや、エルザ……まだ諦めるな。我々もまだ出来る事がないか当たってみるつもりだ」

「お前たち……」


 涙に濡れた瞳で一行を見送るエルザ。

 彼女はウィリアムたちが密林の奥に見えなくなるまでその場に立ち続けていた。


 ────────────────────


「なんか当てがあるのか? 先生」


 密林からの帰路にトウガが尋ねる。

 それにウィリアムが何事か答えようとすると……。


「それよりなんですかねこのでっけーのは。邪魔くせーんですけど。ちょうどいいんでこの辺に捨てて帰りましょうよ」

「!!!??」


 ジロリと自分を睨むエトワールにトウガが顔を硬直させた。


「イヤ、俺は先生の……」

「ダメです。おうちかえんなさい大人しく。さもなきゃ還る場所がおうちじゃなくて大地になりますよテメー」


 さらりと恐ろしい事を言うブロンド少女。

 性格上トウガも何か言い返しそうなものだが表情を引き攣らせて青ざめている所を見ると本能的に察しているのかもしれない。

 ……この少女が自分では太刀打ちできない恐ろしい相手であるという事がだ。

 ちなみにそれは戦闘力でも口げんかでもどちらでも当てはまる。


「そこを……なんとかですね……」


 それでもトウガが食い下がる。

 エトワールが「どうすんの?」とでも言うようにウィリアムを見た。


「頼りになる男だよ彼は」


 ちょっと考えて結局ウィリアムはそうトウガを庇った。

 ……ここで突き放すには少々この青年とは関わりすぎた。

 フゥ、と小さく嘆息してから再び剣呑な視線をトウガに向けるエトワール。


「ウチはセンセの秘書で事務所のブレインだ。ウチの命令には絶対服従ですよ……オーケイ?」

「ぎょ、御意であります! 押忍!!!」


 密林にトウガの元気のいい声が響き渡った。


 ────────────────────


 密林、ガイアードテクニクス社エリア柳生キリコ研究所。


教授プロフェッサー……これはどういうことだ?」


 自分のデスクの椅子にゆったりと座っているキリコの前に立つエイブラハム。

 彼は苛立ちを隠そうともせずにキリコに詰め寄っている。


「あんたの送り出した合成獣キメラは皆返り討ちに遭ってしまったぞ。こっちだって遊びであんたに投資してるわけじゃない。この結果についての見解を聞かせてもらおうじゃないか」


 しかし柳生キリコはいつもの笑みと余裕の態度を崩さない。


「私が用意した生体兵器はよ」


 その目を妖しく細めてキリコは僅かに首を横に傾けた。

 瞳に不機嫌そうなエイブラハムの顔が映る。


「……魔人ヴァルオール用を用意しろというのなら貰っている予算は桁が1つ足りていないわ」

「ヴァルオール?」


 訝しげにエイブラハムは眉を顰めた。


「そんなものは御伽噺おとぎばなしだろう」

「あら。気がついていないの?」


 意外そうに言うと白衣の女はやや大げさに肩を竦めて見せた。


「貴方が今相手をしているのは魔人ヴァルオールよ。それも、かなり上位の固体」

「……………………」


 エイブラハムの顔が虚を突かれた表情から徐々に険しいもの変化していく。


「……本当なのか」

「ようやく自分の置かれている現状を理解した? このジャングルの中なら何をしてもいいのだと好きにやりすぎたわね。虎の尾を踏んだわよ、貴方」


 呻き声を上げてエイブラハムは腕を組んだ。


「どうする? どうすればいい……こっちはもうやられるしかないのか。冗談じゃない。ようやくグループ内でここまで登ってきたんだぞ」


 ぶつぶつ呟いているエイブラハムにキリコが嘆息する。


「こういう事を考えるのは私の仕事には含まれていないのだけど……。が今この島に来ているわ。彼が力を貸してくれればどうにかできるかもしれない」

「本当なのか? すぐコンタクトを取ってくれ」


 間髪入れずに反応するエイブラハム。


「ロハでは動いてくれないわよ」

「全部無くすかどうかの瀬戸際だ。いくらだって準備するさ」


 追い詰められた者の壮絶な笑みを見せるエイブラハム。


「……じゃ、聞くだけは聞いてあげる。返事に付いては保証はできないけれど」


 そう言って白衣の教授はポケットからいつもの飴を取り出すと包みを解いて口に入れるのだった。





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