第9話 戦慄のえびしいたけ

 密林のエルフ族の牢獄は自然の洞窟の入り口を鉄格子で塞いだものだった。

 蔦のようなもので後ろ手に縛られたウィリアムたちはそこに投獄された。

 流石の心臓というか、大人物というのか牢に入るなりころんと横になったパルテリースはすーすーと寝息を立て始める。


 そして陽は落ちて夜が訪れる。


「やれやれ、また牢屋か……」

「オイオイまたって」


 苦笑するトウガにウィリアムがにやりと笑って見せる。


「本は読んでくれてるんだろう? こういう事はままあるものさ」

「正直、ああいうのってちょっと盛って書いてるもんだと思ってたぜ」


 ウィリアム・バーンズの冒険旅行記の中には数回投獄されるシーンがあるのだ。

 場所や理由はまちまちだが。


「盛るどころかむしろああいうのは実際よりも抑えめに書いてるよ。そのまま書くと事実だと信じてもらえないような話はね」

「ははぁ……事実は小説よりなんとやらってヤツっすか」


 感心すればいいのか呆れればいいのかわからないトウガ。


「しっかし……女王サマのあのご様子じゃあ説得はかなり骨が折れそうだ」

「そうだな」


 ウィリアムの表情が陰る。

 邂逅は短かったが彼女の口調や態度からは人とは相容れないという鉄の意志のようなものを感じた。


「せめて何があったのか詳しくわかれば説得の取っ掛かりのようなものが見つかるかもしれないんだが……」

「お前たち、まだそんな事を言っているのか」


 エルフの牢番が不意に声を掛けてくる。


「何があったのか知りたければ教えてやろう。説得など不可能だと知ることだ」


 思いがけず女王の過去を語ってくれるという。

 彼の話によれば過去にあった事とはこうだ。


 今から300年以上前のこと。

 このムラーク島にまだ人は入植しておらず島はエルフと野生の生物のみが暮らしていた。

 ある時、そこに調査団を乗せた船が辿り着いた。

 学者や冒険家など国家の依頼を受けて未開の地を探索するチームの船だった。

 女王を始めとした密林のエルフたちは彼らを親切に迎え入れた。

 調査団は島の調査をしながらエルフの村に1年近く滞在したという。

 そして女王は調査団の一人だった人間の青年と恋に落ちた。

 植物学者の青年だった。

 彼は調査の結果を国へと持ち帰った後、村に戻ってきて定住すると女王に約束した。

 その時自分と結婚して妻になってほしいと。

 女王はその青年に若さ故の浅慮からか、一族に伝わる秘宝の存在とその在処を話してしまった。


 かくしてその事件は起こった。


 調査団がある時突然前置きもなく島を引き上げていってしまったのだ。

 女王が秘宝が無くなっていることに気付いたのは彼らの船が沖へ出てからだ。

 秘宝の話を聞かせたのは青年だけ。

 ……青年は女王を裏切ったのか。

 そんな事があるはずがない。

 彼は秘宝を持って戻ってくる。

 そう信じた女王は青年を待ち続けた。

 だが1年が経ち、3年が経ち、10年を過ぎても青年は戻ってこなかった。


「……………………」


 牢の中の男2人は沈痛な表情で話を聞いている。

 やるせない話だ。


「そして女王様は大いに悲しみ、そしてお怒りになった。人は許さぬとな。わかったか? 人間よ」

「……つまらぬ話をしているでない」


 不意に女性の声が聞こえ牢番が飛び上がる。

 静かな足音が近付いてくる。


「じょ、女王様ッッ!!!」


 平服する牢番の前に杖を持つ女王が立った。


「聞いてしまったのなら仕方がない。そういう事じゃ。だが勘違いするでないぞ。妾はお前たち人間に怒っておるのではない」


 女王の握る木の杖がミシッと鳴る。


「お前たち人間の本性に気付けず愚かにも信じた過去の己に怒っておるのじゃ!」


 ……ボカッ!!!!


「痛いんですけど!!??」


 過去の己に怒っている女王が器用に鉄格子の隙間から殴ってきて食らったウィリアムが悲鳴を上げた。


「うん、まあ、そりゃ大変だったよな。そういうのあるって。わかるよ、うんうん」

「気安いな貴様!!!??」


 うんうん肯いているトウガに目を剝く女王。

 そこへ慌てた様子のエルフ兵士が一人走ってきた。


「女王様ッッ!! 大変です!! 最終防衛線が破られ奴らがここまで!!!」

「なんじゃと……!」


 女王が兵士を伴って走って村へと戻っていく。

 その背を見送ってウィリアムとトウガは顔を見合わせた。


 ────────────────


 エルフ兵たちが為す術もなく蹴散らされ『その生き物』の進撃は止まらない。

 もう侵略者は村の明かりが見える所まで来ていた。


「クックック、あいつらが村に入って混乱してるだろう今がチャンスとは思ったがよ。ここまで上手くいくとはなあ!!」


 新たな合成獣キメラを引き連れ不敵に笑うセルゲイ。


「やれ!! 『えびしいたけ』!! 今日がこの村の最後の日だ!!!」


 頭胸部から傘のように巨大なしいたけを生やした3mはあろうかという車海老がガチャガチャと腕を鳴らす。どういう構造なのか尻尾で器用に立っている。

 弓で射られても槍で突かれても堅い殻で弾き返す。

 そして包囲するエルフたちへ向け、背のしいたけから胞子を散布するえびしいたけ。

 それを吸い込んだエルフたちは……。

 瞬く間にぽこんぽこんと頭の上からしいたけが生えてくる。


「……いいお出汁だしが出ますよ……」


 そして虚ろな目でそう呟くとしいたけを生やしたエルフたちは次々に泉に飛び込んでいった。


「女王様!! このままでは聖なる泉がしいたけのだし汁に!!!」

「ええい何をしておるのじゃ!」


 叫ぶと女王は持ち上げた杖を地面と水平に掲げる。

 その杖が女王の集中と共に淡い輝きを放つ。


「はあッッ!!!!」


 ……バチバチッ!!


 杖から青白く生じた電撃がえびしいたけを直撃した。

 苦し気に悶えるえびしいたけ。


「何しやがる!! えびしいたけがちょっといい匂いになってきちまったじゃねえか!!」


 しかしその電撃もえびしいたけを倒すには至らないようだ。

 電撃が途切れると再びキメラは村へ向かって進撃を再開する。


 ────────────────


「ヤバそうだな……」


 表の騒ぎが徐々に近くなってくる。

 その方角を伺っているトウガ。

 ウィリアムが頷く。


「そうだな。仕方がない牢を破るか」


 牢番も出払っていて開けろといってもそれができる者がいないのだ。


「いや、でもよ……この蔓結構頑丈だぜ。さっきからやってるが千切れねえ」


 ウィリアムたちを後ろ手に縛り上げている蔓。

 それは力自慢のトウガが引き千切ろうとしてもびくともしない。


「これはコルジオ草の蔓だ。力では千切れないし刃物もダメだ」


 冒険家らしい博識さを披露するウィリアム。


「だが熱には極端に弱い。ちょっと集中するから声を掛けないでくれよ」


 そう言うとウィリアムは牢の入り口わきの篝火を見た。

 意識を集中する。

 すると篝火の薪の1つがカタカタと震え始め、やがて浮き上がっていく。


「…………!!」


 トウガが驚いて目を見開いた。


 ウィリアム・バーンズは人ではない。

 人を超えた存在『魔人ヴァルオール』である。

 人間を凌駕する膨大な魔力を持つ魔人であるが、ウィリアムは魔術を使う事はできない。

 その為魔力も宝の持ち腐れだったのだが……。

 ……それをある時、秘書が「もったいない」と言い出した。

 魔術は使えないなりに何か魔力を活かしたスキルを編み出そうと。

 そうして10年を超える訓練でようやく身に着けたのがこの力……『念動力テレキネシス』である。

 触れずに物体を動かす能力。


 浮き上がった火の着いた薪がふらふらと頼りなく揺れながらゆっくりと牢に近付いてくる。


 持ち上げられるものはせいぜい2~3kgの物まで、それも非常にゆっくりとした動きでだ。

 そして能力行使中はその事のみに集中していなければならないし消耗も激しい。

 なので使える場所は非常に限られるが、こういった時には役に立つ。


 鉄格子の隙間から入ってきた薪の火にトウガが自分を縛る蔓を近付けると即座に蔓は枯死して簡単に千切れる脆さになった。


 ────────────────


 今やエルフの里の防衛線は阿鼻叫喚の様相を呈している。

 兵士たちは次々と頭からしいたけを生やして戦線離脱していく。


 数度の攻撃魔術を放った女王も消耗が激しい。

 電撃の魔術は放った直後はえびしいたけにダメージを与えて動きを止めるのだがやがて回復されてしまう。

 そこから畳みかける手段をエルフたちが持たないので決定打にならないのだ。


「よーしいける!! いけるぞ!! やれえびしいたけェ!!!」


 興奮したセルゲイが後方で拳を振り回している。


「くっ……ここまでなのか……」


 エルフ兵士の一人が力なく肩を落とした。

 このままこんなふざけた生き物に里は攻め落とされてしまうのか……そう絶望を表情に滲ませて。


 だが絶望の空気を切り裂く救世主は存在した。

 えびしいたけの上部しいたけの傘の上にひらりと誰かが降り立つ。


 篝火の明かりに浮かび上がる小柄なシルエット。

 白いワンピースに花をあしらった麦わら帽子。

 ブロンドの長髪が夜風になびく。


 その少女は腰を落として足元のしいたけに右手の掌を当てた。


「舞い踊れ紅い姫君……」


 風に乗って流れていく詠唱の言葉。

 彼女の両目が赤く輝く。


「『爆裂エクスプロージョン』!!!!」


 ボガガガガガガガガガガガッッッッッ!!!!!!


 無数の小爆発が巻き起こりえびしいたけの姿を赤い光と爆風の向こうに消した。

 そして一瞬の後に木っ端微塵に爆砕したえびしいたけの無数の破片が周囲にバラバラと散って降り注ぐ。


 ちょうどそこに牢を破ったウィリアムたちが駆けつけてきた。


「……お!」


 先頭のウィリアムが目を輝かせた。

 頼もしい援軍の到着を目にして。


「あ、セ~ンセそこですか」


 ブロンドの少女の方もウィリアムに気付いて手を振る。


「可愛いウチがようやくご到着ですよ。ハイ全身で喜びを表現してくださいね」


 そう言って彼女……ウィリアム・バーンズの個人秘書エトワール・ロードリアスは額に当てた手でピースサインを出してにっこりと笑ったのだった。


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